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Under the Cherry blossom
ガツンッ。
「ひゃ……っ」
変なの声が出そうになって、慌てて口を押さえた。
「何すんのっ」
私は後ろを振り返り、小声で言う。
後ろの席に座っているのは、親友のあーや。
「お嬢様が授業中に寝てるなんてイメージダウンでしょ。だから、起こしてやった」
にやにやしながら、やっぱり小声で返してくる。
「だからって、椅子蹴らなくたって──」
「こら、そこ~何やってる!」
教卓からお叱りの声が飛ぶ。
「すみませんっ」
謝ったのは私だけ。あーやは頭を低くして、私の陰に隠れていた。
「もうっ」
ちらっと視線後ろにやると、彼女はぺろっと舌を出した。
肩を竦めて前を向く。
「………」
ふと、自分の手を見る。
みんなが綺麗だと言う、白くて細い指先。爪も整えて磨いてある。
いつもと変わらない……。
…………。
…………。
真っ赤だった……夢の中で。
この手が、この指が。
ひらひらと表、裏と繰り返し見る。
いつもと変わらないのを確認して、やっとほっと息を吐いた。
あれは、夢の中の話……。
当たり前じゃない。
パパとママを……なんて、そんなことあるはずない。
パパとママは仲良しで、離婚なんてありえないし。
あんな、めったざ──。
思考を止めて、頭を振る。
思い返しただけでもぞっとする。
ふと、風を感じた。
初夏の爽やかな風。
窓には新緑と、青い空。
昨夜は何でかなかなか眠れなくて、ちょっと寝不足気味だった。
夢を見る程寝ちゃったことなんて今までなかったけど、この陽気だし、仕方ないよね。
『これが、夢じゃない保証は何処にもない』
ふっとそんな言葉が浮かんだ。夢の中で、あーやが言った言葉。
どきんと胸が鳴ったけど。
あんな夢も──ま、授業中寝た罰かな。
後味悪いながらもそう完結させた。
★ ★
私は待っていた。
校舎の裏にある一本の大きな桜の下で。
ここは我が校の、告白スポット。
ここで告白すると、恋が実るとか。真しやかに噂される場所。
部活の憧れの先輩に練習が始まる間際「帰り桜の下で待ってて」とすれ違い様囁かれた。
サッカー部の部長と、マネージャーという関係。
焼けた肌、精悍な顔立ち。頭も良くて、優しい。彼を好きな女子がたくさんいることを私は知っている。
そんな先輩とは同じ方向に家がある。帰りが一緒になることも何回かあった。
でも、こんなふうに待ち合わせて、とかは初めて。
いつも以上にどきどきしてしまう。
『告白』『恋が実る』そんなワードが頭に浮かぶ。
いやいや、余り期待しちゃいけない。
逸る気持ちを諌め待っていると、こちらに向かって来る人影が見えた。
はらはら……と、舞い散る桜を抜けて私の前に立つ。
「まりちゃん、待った?」
「いえ」
『まりちゃん』は部員全員がそう呼ぶ。特別なことじゃない。でも、先輩に呼ばれるのは、特別に感じてしまう。
「まりちゃんは、この桜の木の噂知ってる」
「え……あの……」
ここではっきり『知ってる』と言っていいものだろうか。まるで、何かを期待しているみたいに。
そういえば……一番思いが叶うのは、『花が咲いている時』だって話も……。
そう思って、ふと視線を桜の木に向ける。
ああ……桜が……とても、綺麗。
「……あのさ……まりちゃん……」
遠くで彼の声が聞こえる。
告白されるかも知れない、そんな時に。
私の関心は先輩ではなく、空を埋め尽くす一面の桜に注がれた。
はらはら……はらはら……と舞い散る桜。
それは、まるで──夢のよう……。
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