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虎穴13 大物な小虎
彪翔は、3,000グラムオーバーで生まれてきた。
新生児室にいる彪翔は、たくさん並ぶ他の赤ちゃんとは違い、
生まれてまだ一日も満たないのに、貫禄があった。
「ふふ、彪翔はもう『橘』を背負ってるね」
「そうだな」
伊織が言うように、彪翔は、
泣き、騒ぎ、身体を一生懸命動かそうとしている周りを尻目に、
キリリとした表情で、どんと構え、微動だにしなかった。
「ふふ…初めは私に似てると思ったけど、やっぱり彪仁さんにもそっくり。彪翔、彪仁さんの言いつけ通り、私に負担を掛けないように、すぐ出てきてくれました」
「そうか、えらいぞ彪翔。伊織もお疲れ。ありがとう、俺も父親になった」
そう言って、彪仁は伊織の髪をするりと撫でた。
彪仁が迎えに来た佐伯と仕事に向かうと、
入れ替わるように翠がやって来た。
「伊織ちゃんっ」
新生児室の前にいる伊織のところへ、翠が慌ててやってくる。
「伊織ちゃん、大丈夫なの?体は」
「…はい。意外と大丈夫です。彪翔が気になって…」
産褥期は母体の回復のため、出来るだけ身体を休めないといけないのだが、
伊織は、ちょこちょこ新生児室の彪翔の様子を見に来ていた。
看護師に窘められて部屋に戻るが、やっぱり気になり、
我慢できずに彪翔の元へやって来てしまう。
伊織がそうやって、身体を休めないものだから、翠が看護師と話をすると、
お医者様の許可が下りて彪翔は、伊織の部屋で過ごすことになった。
「かわいい。彪仁にそっくり」
「はい。もう、瓜二つで…」
「でも、大きくなってくるとまた人相は変わってくるからね」
「そうですね。生まれた直後は私に似てるって思ってたんですけど、毎日変わるので、見ていて全然飽きないんです」
伊織と翠は、彪翔の傍で語り合う。
すると彪翔が話し込む二人に向けて、手を伸ばしてきた。
その手に翠が自分の手を差し出すと、
彪翔は、眉間にきゅっと皺を寄せてその手を拒んだ。
「ええっ、彪翔から拒否された!!」
「まさか」
そう言って、今度は伊織が彪翔に手を差し出すと、
翠の反応とは真逆に、伊織の指をしっかりと握ってきた。
「ほら!! なんて奴だ、彪翔めっ」
「ふふ、まだ見えてないはずなんだけど。すごいね、彪翔。分かるんだね」
伊織は、そのまま彪翔に握られ続けた。
伊織はその後も、産褥期の入院中ずっと動きたがり、ついに翠から雷が落ちた。
「伊織ちゃん、疲れを感じてなくても、身体はダメージがあるんだから!入院中ぐらいじっとしてなさい!!」
「………はい、ごめんなさい」
彪翔に授乳をしながら、注意される。
そんな伊織は、どこまでいってもやっぱり伊織だった。
そして、彪仁も仕事が終わると毎日、伊織のところへやって来た。
「伊織」
「彪仁さん、お疲れ様でした」
「彪翔、今日も伊織を困らせなかったか?」
そう言って、彪翔の頬にそっと触れる。
彪翔は、もちろんと返事をするように、むふぅと息を吐いた。
「そうか、えらいぞ彪翔」
「ふふ…彪仁さん、彪翔と会話が成立してますね」
伊織は、橘の家族に見守られながら、約1週間の入院を終え、
彪翔を連れて、本家の屋敷へと帰っていった。
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