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ホットケーキの素に牛乳、水の代わりに炭酸水を入れ、皮の素を作る。
「炭酸水を入れるんですか…」
「はい。焼いてる間に炭酸水がいい仕事をしてくれるんです」
フライパンに少し薄く広げ、外側の皮を焼いていく。
プツプツと生地が吐き出したら裏返す。
「ひっくり返す?」
「するっ!」
彪翔と夏鈴に、伊織はフライ返しを渡してやると、
子供たちは、上手に生地をひっくり返した。
「そうそう。上手じょうず」
「わぁ、きれいにやけた」
「すごーい」
子供たちがきゃあきゃあと、隣で歓声を上げる。
「ふふ。いっぱい焼くよー」
出来上がった皮に、いつもの粒を残した餡子を挟んで、
子供達には牛乳と一緒に出してやる。
「はい、出来たよ。どうぞ、美味しく出来たと思う」
子供たちは、またも歓声を上げ、
「「いただきまーす」」
手をきちんと合わせて出来立てのどら焼きを頬張った。
「園長先生もどうぞ」
「相変わらず凄いですね。いただきます」
「涼も食べよう」
「はい。ありがとうございます」
そんな大人の横で子供たちは、
「「おいしー」」
と、あっという間に平らげた。
伊織は、お菓子箱に出来たどら焼きを詰めて、
「はい、夏鈴ちゃん。お母さんたちとおうちで食べてね」
「わぁ、ありがとうございます。おいしかったです。どらやき」
「良かった。彪翔の大好物なの。夏鈴ちゃんにも気に入ってもらって良かった」
「はい」
夏鈴は、可愛らしい笑みを浮かべ、伊織にきちんとお礼を口にした。
それからまた教室で一緒に待っていると、17時少し過ぎた頃、
「中嶋です。すまみせん、遅くなりました」
廊下を駆ける音がパタパタと聞こえ、女性が教室に入ってきた。
「ママー」
夏鈴が母親めがけて飛び込んでいく。
そんな夏鈴を、母親はしっかりと受け止めた。
「夏鈴、ごめんね。淋しかったね」
「ううん。あきとくんと、あきとくんのママが、いっしょにまっててくれたの」
夏鈴の説明に、母親が伊織に視線を向けると、頭を下げた。
「すみません。うちの子にお付き合いいただいて…」
「いいえ。息子が帰らないというものでしたから、お気になさらず」
親同士で会話をしていると、夏鈴がパタパタと奥へ行き、
箱を持って戻ってくる。箱を掲げ、母親の足元で叫んだ。
「ママー、あきとくんのママが、どらやきつくってくれたの」
「どら焼き?」
夏鈴が箱を差し出す横で、伊織が説明する。
「すみません。アレルギーは無いとのことでしたので、おやつの時間に作ったんです。お口に合うか分かりませんが、良かったらご家族で食べてください」
「何から何まですみません。ありがとうございます」
「いえ、こちらが勝手にしたことですから。15時にひとつだけ食べました。晩ご飯には影響ないと思います」
「本当にありがとうございます。私達、先日こちらに引っ越してきまして、保育園を探したのですが、やはり空いてなくて…。園長先生に事情を説明したら、預かっていただくとのことで、もう感謝しかありません」
「そうでしたか」
「あの、よかったら連絡先を…」
伊織は一瞬躊躇した。自分の立ち位置で、関わっていいのかどうか。
その伊織の機微を察した涼が、そっと目配せをして、
「伊織さん、大丈夫ですよ」
伊織は大丈夫かと心配したが、涼が良いというので、
夏鈴の母親と連絡先を交換した。
【中嶋由紀乃】
こうして、伊織のスマホに一人、大切な人脈が加わった。
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