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虎穴01 獲物は家政婦
山科家政婦紹介所。
超一流の家政婦が所属する、この辺りで最大級の紹介所だ。
日単位の、家政婦派遣はもちろん、時間単位の、家事代行サービスまで。
顧客の要望に合わせた、ありとあらゆるサービスを提供する。
それが、山科家政婦紹介所という組織だ。
松雪伊織は高校卒業後、大学へは進学せず、
叔母の山科紗栄子(やましなさえこ)の経営する、この紹介所で働いている。
「伊織は、この仕事が天職ね。お客様の評価もいいし、私の紹介所も潤うし、言うことないわ」
叔母が言うように、家政婦という職業は伊織にとって、まさに天職だった。
今日の仕事は、午前中に1件、午後に2件、
いずれも、作り置きのおかずを1週間分作る、という依頼。
所要時間は2時間。
各世帯の、希望の料理、好き嫌いなどを事前に聞き取りをし、
買い物をして、行った先のキッチンを使い、料理をするのだ。
伊織は手際よく、食材を切っていく。
作る料理に応じて、同じ食材でも切り方を変え、
買ってきた食材全てを無駄なく使い、いつも6品程を完成させるのだ。
今日も、すべての派遣先の依頼の品を作り上げ、
時間が余ると、時間がくるまで台所の清掃、食器の整頓をして、
最後に施錠をして、今日の仕事を終えた。
最後の依頼者の仕事を終える頃には、
既に19時を回っていて、辺りは日が落ちていた。
外に出ると、秋口の夏の暑さの名残と、
冬の寒さのはしりが合わさったような空気だった。
「そろそろコートを羽織らないと寒いかな…」
今日も、作り置きを一日中作っていたので空腹は感じなかった。
なので、
いつものように、近所のスーパーで、お気に入りのストロング缶と、
半額シールの貼ってあるお惣菜を買って、家路を急いだ。
部屋に帰ると、買ったものをとりあえず冷蔵庫に放り込み、
シャワーを済ませ、部屋着に着がえる。
買ってきたものを、座卓にそのまま並べ、
今日も、ストロング缶を煽り、一日の疲れを癒した。
プシッと缶を開け、喉を刺激するように、強炭酸の液体を一気に流し込む。
「くうぅぅ………っ、たまらんっ」
趣味も何もない伊織は、今日も一日中仕事をして、
いつものこの晩酌が、至福のひと時だった。
一本をあっという間に飲み終えて、余ったお惣菜をタッパーに移し、
洗って片付け、歯磨きまで終える。
部屋の明かりを落とし、そのままベッドに沈んだ。
□◆□◆□◆□
翌朝、
ピピピピピピ…ッと、スマホのアラームが、
大音量でけたたましく鳴り響く。
「……っんむぅ」
寝起きが悪い伊織は、
アラームを切ると、再び意識が沈む。
5分後、再びアラームが鳴ると、また切って沈む…を数回繰り返し、
ようやく伊織は目を覚ました。
ベッドの上で体を起こし、揺れながら頭が覚醒するのをもう暫く待つ。
重たい身体を引き摺って、顔を洗い身なりを整え、ようやく完全に起きた。
昨日の惣菜の残りと、昨日セットしていたごはんで朝食を摂る。
伊織は、仕事で散々料理をしている分、
自宅では、非常にずぼらで、自分の『食』には無頓着だった。
朝ご飯を胃袋に流し込み、今日の勤務内容のメールを確認する。
「今日は…」
今日もこうして、伊織の一日が始まる。
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