虎穴01 獲物は家政婦

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 その日の午後、今日最後の依頼先のマンションに到着した。  天を見上げると、建物の上層部は空の彼方に消え、見えない。  伊織は、そのマンションの高さに度肝を抜かれていた。 「……………たっかっ」  このエリアは所謂、超がつく富裕層が暮らす地域で、  立ち並ぶ摩天楼は、伊織には一生、手が出る物件ではない。  空の彼方に聳え立つ、超高級マンションを見上げながら、  伊織はしみじみと、心の声が零れていく。 「こういう所で暮らす人の生活って、どんな感じなんだろ…」  初めてこういうタイプの依頼者の元へとやってきた。  あまりの高級感に、伊織の足が二の足を踏む。 「んんっ、よしっ」  だが、いつまでも躊躇してはいられない。  伊織は、気合を入れてエントランスに乗り込んだ。 □◆□◆□◆□ 「いらっしゃいませ」  高級マンションだけあって、コンシェルジュが常駐している。  伊織は、カウンターで名刺を差し出し、来訪の目的を告げた。 「すみません。今日、こちらにお住いの坂田様から依頼を受けました、山科家政婦紹介所の松雪と申します」  自分の名を告げると、コンシェルジュが上品な笑みを浮かべ、  伊織にセキュリティの説明を始める。 「はい、坂田様からお伺いしています。どうぞ、こちらがゲストキーです。終わられたらこちらにお返しください」  伊織は、キーを受け取り、セキュリティの説明を受け、依頼者の部屋へ向かった。  エレベーターが到着する。  チンッと、これまた高級感のある到着音とともに、ドアが開く。  伊織が乗り込もうとすると、降りる人影が見えたので、  邪魔にならないように、一歩横にずれた。  一瞬見えた箱の中は、真っ黒な塊が詰まっていた。  降りてきたのは、オールブラックの、  明らかにの男たち。 (………こっわ、ここに住んでるのかな?)  伊織は、目を合わせないように、足元を見つめ、  黒ずくめの塊が、去っていくのを黙って待った。  すると、その黒い塊の中心にいた一人がふと、足を止める。  その男の靴先が、伊織の方に向いた。 「…」  男の視線が、伊織を見定めているのか、  何だか熱を持ってるように伊織は感じた。 (………めっちゃ見られてる)  伊織は、目線も体も動かすことができなかった。 「若、どうかされましたか?」 「………………いや、行くぞ」  どれだけ固まっていただろう。  ブラックの集団は、ようやく伊織の側から離れていった。  止まっていた息を深く吐く。  身体が緊張で強張っている。  しばらく呆けていたので、エレベーターのドアが閉まりかける。  咄嗟にがっと手を差し入れ、ドアが閉まるのを止めた。  伊織は、ざわついた心をどうにか落ち着かせ、  依頼主の部屋へ向かった。 □◆□◆□◆□  依頼主は、家にいるということだったので、インターホンを鳴らす。 "はい" 「山科家政婦紹介所から参りました」 "ああ、お待ちしてました。今開けます"  カチャリと玄関の鍵が開くと、  可愛らしい奥様が出迎えてくれた。 「本日は、ご指名いただき、ありがとうございます」 「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」  そう言って、伊織は名刺を取り出した。 「山科家政婦紹介所から参りました、松雪伊織と申します。本日は、どうぞよろしくお願いいたします」  依頼主に挨拶をして、伊織はここでの仕事を開始した。
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