虎穴07 獲物の抵抗

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 彪仁は、言い切る伊織に苛立った。 「伊織…」 「駄目です」    食い下がろうとする彪仁を、ぴしゃりと伊織は遮る。  そして、彪仁に訥々と言い聞かせる。 「彪仁さん、私の仕事はここでの家事全般です。彪仁のものにはなりましたが、それはそれ。起きる時間が私と彪仁さんでは違いすぎます」 「…」 「仕事とプライベートは分けなければ…。同じ屋根の下なら尚更」 「…」  なかなか納得しない彪仁に、最恐の殺し文句を伊織は放つ。 「それが駄目なら、私はこの部屋を出て、通いで来ます」 「それはダメだ」 「なら部屋を同じにすることもダメです」 「…」  彪仁はそれでも首を縦に振らない。  伊織は、今度は泣き落としをぶち込んだ。 「彪仁さん、貰うばかりの私が出来る事は、これだけなんです。この仕事でしか返せないんです。なので、このままさせていただけませんか?」 「……………」  そんな泣き落としの口説き文句を、伊織は延々と繰り返す。  表情も次第に上目遣いに、あざとく、最後は瞳を潤ませる。 「…彪仁さん、お願いします」 「………………わかった」  止めの一言で、ようやく折れた彪仁だった。 □◆□◆□◆□  遅めのお昼を食べ終えて、伊織は超特急で家事を済ませる。  彪仁は、ソファに座って忙しなく動く伊織を見ていた。  やっと心を通じ合い、伊織を側におき、  今日のような休みの日に、思う存分愛でられる。  彪仁はそう思っていた。  だが伊織は、寝坊したとヘコみ、今は遅れた時間を取り戻すかのように、  ぱたぱたと、ネズミのように走り回っている。  こんなはずでは…。  彪仁は、心底解せぬ思いだった。  晩御飯を食べ終えて、伊織がまた忙しなく動いて、  片付けが終わり、ようやく伊織の一日のルーティンが終わると、 「彪仁さん」  伊織が彪仁のそばへやってきた。 「終わったか?」 「はい。…あの、彪仁さん。今日はごめんなさい」  伊織は、彪仁の座るソファの隣で正座をし、しょんぼりしながら謝る。 「どうした?」 「…」  彪仁は、伊織の言いたいことは分かっていた。 『家事』は伊織にとって、ここでの存在意義だ。  それが無くなると、ただの穀潰しだと考えている。  だから、その存在意義を伊織は守りたいのだ。  彪仁は、伊織の身体を抱き寄せる。 「伊織、謝らなくていい。分かってるから」 「…ごめんなさい。そんなに器用な人間ではないので…」  伊織は、申し訳なさでいっぱいだった。 「伊織、とりあえず明日も俺は休みだから、一緒に寝るぞ」 「………だから」 「伊織も休みは必要だ。俺が休みの日は一緒に休む。決まり」 「…………」  彪仁は、有無を言わさず言い切った。  伊織は、自分の存在意義を認めてくれる彪仁の気持ちは、  充分すぎるほど理解していたので、  休日の申し出は、二つ返事で受けることにした伊織だった。
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