虎穴07 獲物の抵抗

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 あれから二人は、他愛のない会話をしながら飲み続け、  並んでいた皿の上は殆ど無くなり、空の皿が隅に積み上がっていた。  彪仁は、伊織の飲むペースを心配しながら、伊織の好きに飲ませた。  目の前の伊織の機微が、今日はいつもと少し違うと感じて、  彪仁は、殆ど飲まずに伊織を注視していた。 『ワク』だと豪語していた伊織。  その言葉通り、業務用の酎ハイの素が、どんどん無くなっていく。  だが、炭酸のペットボトルが増えるにつれて、  目の前の伊織の身体が左右に揺れだした。 「伊織、酔ってるな。もう眠いだろ?」 「いーえ。だいじょうぶれす」  大丈夫じゃないだろ…。 「あやとさん」 「何だ、伊織」 「んー…彪仁さん…」 「ここにいる。伊織」  彪仁は、伊織が泣きそうだなと思った。  なので伊織の側に膝立てて座る。 「伊織…」 「………」  思った通り、伊織の瞳には雫石が今にも零れそうだった。  彪仁は、そんな伊織の頬をそっと包む。 「どうした?伊織」 「…」  伊織が吐き出す言葉を辛抱強く待つ。 「………私って、面倒くさいですね」 「そんなことはない。俺はどんな伊織も受け入れる」 「…彪仁さん、私、あなたの事が好きで、どうしようもなく…好きすぎて仕方がないんです。もう、ここを出ていくなんて考えられないくらい…」 「伊織、俺はお前を一生傍に置く。これは決定事項だ。だから、出ていくなんてことは起こらない」 「でも彪仁さん、私が出来る事は家事だけなんです。彪仁さんに返せることは、これしかないんです」 「伊織、分かっているよ。お前が俺のためにやってくれていることは。いつも言っているだろう?伊織の好きにしていいんだ。大丈夫」 「彪仁さん…。私、貴方から受けた恩を、どうやって…返したらいいですか?」 「充分、返してもらっている。伊織がこうして、俺の傍に居てくれさえいればいい」 「…」 「伊織、だから大丈夫。お前は変わらなくていい。このままで、どんどん俺を振り回してくれ。大歓迎だ」 「…あやと、さん」 「ん、おいで。伊織」  伊織は、倒れ込むように彪仁の腕の中に納まった。  彪仁は、伊織の身体をしっかりと抱える。 「彪仁さん、私、これからも面倒くさいと思います」 「そんな伊織も可愛いから、許す」  伊織は、小さく笑う。 「彪仁さん…。ごめんなさい、飲み過ぎました」 「たまにはいいだろ。そんな時もある。伊織は、生きてる環境が突然変わったから、心が少し疲れたんだろう。この前の身体の疲れと一緒で。俺が無理をさせすぎてるからな」  自覚はあるんですねと、伊織は笑う。 「伊織、もう寝ようか。明日もゆっくり起きればいい」 「………いえ、いつもどおりに、おきます…」  伊織はそう言って、彪仁の腕の中で沈んでいった。  愛しい伊織を抱き、彪仁は呟く。 「伊織、面倒くさいのはお前じゃない。俺が面倒くさいから、お前が疲弊するんだ。悪いな伊織。多分これは、それからも変えられない」  人は、似た者同士で引き寄せられるもの。  伊織と彪仁は間違いなく、互いの唯一。  今日は、思いがけず互いに確認した一日だった。  そして、伊織の彪仁に対する抵抗が、  また少しだけ、緩む一日にもなった。
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