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虎穴08 獲物を蝕む毒
伊織が彪仁のところへ来て、半年ほどが過ぎた。
相変わらず、伊織はマンションで過ごしている。
彪雅や翠から、本家に来い来いと何度も誘われていたが、
未だに行けない状態が続いていた。
「伊織に無理をさせるな、バカ親ども。そもそも伊織は俺のだ。振り回すな」
彪仁にいつも怒られている両親に、申し訳なく思う伊織は、
「彪仁さん、翠さんたちにマンションに来てもらっては?」
「一度来させると、際限なくなるぞ?奴らはそういう輩だ」
「奴らって…」
伊織は、少し言い方が気に入らなかった。
だが、伊織は部外者なので、それ以上の言葉は飲み込んだ。
「伊織」
彪仁は、伊織の僅かな機微を見逃さない。
すかさず自分の腕の中に包み込む。
「言い方が悪かったな、すまん」
「…いえ、すみません。かえって気を使わせてしまいました」
「…そうだな。伊織が来るまで言い続けるだろうから、一度、俺と一緒に行くか?」
「…そうですね」
「無理して行く必要はない。伊織はどうしたい?どうもしなくてもいい」
「彪仁さんは、何もしたくないみたいですね?」
「そうだな、やたらと絡むとうざいからな。あの夫婦は」
「ふふ、彪仁さんと一緒なら…。いつでも連れて行ってください」
伊織は、彪仁が一緒ならばと、一度本家に出向くことにした。
□◆□◆□◆□
数日後の休日、伊織は橘組の本家、虎の巣穴の前に立っていた。
長く続く白塗りの壁に、厳つい門が聳え立っている。
「…」
覚悟を決めて、やっては来たものの、伊織はその門の前で、
自分の決めたことを、盛大に後悔していた。
(ああ、やっぱり怖い…)
伊織が門の前で二の足を踏んでいると、
「伊織、大丈夫。噛みついたりしないから」
「……はぃ」
彪仁は、伊織の腰をそっと抱き、
「いくぞ。さっさと入って、さっさと会って、さっさと帰ろう」
「……ふふ、はい」
少しだけ、伊織の緊張が解けて、
二人は、虎の本殿へ足を踏み入れた。
長い踏み石の続く小路を進む。
美しい日本庭園がその小路を彩る。
伊織は、それを純粋に堪能しながら、彪仁と一緒に母屋へと向かった。
母屋の玄関が見えたとき、バーンと引戸のドアが開けひろげられ、
その中心にいる翠が、伊織の向かって突進してきた。
「伊織ちゃ~ん」
「うわぁっ」
翠が、伊織めがけて飛び込んでくる。
伊織は翠を受け止めるのだが、支えきれずにバランスを崩してしまった。
後ろに倒れ込んでくる伊織を、彪仁がそっと肩を支え受け止める。
「いらっしゃい!もぅっ、遅い!」
「…はは、お邪魔します。翠さん」
そんな状況もお構いなしに、翠が抱き着いていると、
「翠、早く伊織から離れろ」
彪仁が翠に、あからさまな苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「べーっ、余裕のない。伊織ちゃんに嫌われるわよ?」
「言ってろ。伊織は俺のだ」
「…」
可愛い翠が、彪仁と同じ土俵で喧嘩をしている。
それが何だか微笑ましいと、伊織は感じていた。
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