虎穴08 獲物を蝕む毒

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 翠が伊織に抱きつき、どこまでもじゃれあっている姿を、  玄関の上がり框で、彪雅が眺めながら待っていた。 「翠、いい加減にしろ。早く連れて来い」 「んもうっ、彪雅さんまで…」  翠はようやく伊織を解放し、手を取って玄関へ引っ張っていく。 「えっ、ちょっ、翠さんっ」 「さ、伊織ちゃん!! 早く早くっ」  伊織が躊躇する間もなく、あっさりと虎穴に引き摺り込まれてしまった。  玄関土間まで入ってきた伊織を、彪雅が優しく迎える。 「伊織、よく来たな」 「はい、お邪魔します。あ、これ。何人いらっしゃるか、分かりませんでしたので、足りないかもしれませんが、良かったら」  伊織が風呂敷包みの箱を差し出した。 「何なに?伊織ちゃん?」 「おはぎです。ちょうどお彼岸ですから。お口に合うと良いんですけど…」  そう言って差し出すと、隣に控えていた剛志が受け取った。 「、ありがとうございます。姐さん、上がってもらってください」  橘の屋敷では、既に伊織は『若姐』と認知されているが、  剛志は屋敷の呼称ではなく名前で呼び、奥へと入っていった。  彪仁は、昨日から伊織が何やら、いそいそと作っているな…とは思っていたが、本家に行くのに、わざわざ作ったのかと少し、嬉しく思った。 「?彪仁さん?」  そんな彪仁に、不思議そうに伊織が振り向く。 「…いや、行こうか」 「はい」  こうして伊織の、本家デビューの晴れ舞台が始まる。 □◆□◆□◆□  一間幅のある、広く長い廊下を、どこまでも歩いて行く。  途中、厳つく、肌がカラフルな人たちとすれ違う。  そんなカラフルさんたちは、伊織たちが通ると道を開け、次々に腰を折っていく。  伊織は、おっかなびっくりしながら、彪雅たちについていった。  やがて到着すると、部屋の前の襖が開け広げられた。  促されて部屋に入り、まず目に飛び込んできたのは、襖絵に虎と天井に龍。  (どこかの殿様の城か!?)  伊織は、思わず心の中で突っ込んだ。 「伊織、どうした?」 「…いえ、何でもありません」  ブンブンと首を振り、気合を入れて、伊織は彪雅の部屋へお邪魔した。  ソファに座り、隣には彪仁。対面には彪雅と翠が座った。  厳ついお兄さんが入って来て、きれいな所作でお茶が出てくる。  茶請けには、伊織が作ってきたおはぎ。 「ありがとうございます」  伊織がお礼を言うと、にっこり微笑み返してくれた。  よくよく見ると、中々のイケメン。  でも、手首の袖からは、チラリとスミが見えた。  伊織はそれを見て、思った程怖くは感じなかった。  (おおっ、肌がカラフル以外は、普通だ…)  逆にそんな風に思っていると、目の前の翠がおはぎに歓喜の声を上げた。 「きゃー、おいしそう。凄いわね、伊織ちゃん」 「ありがとうございます。餡子から一応作ったんです。市販品でもいいんですけど、やっぱり自分で作った方が美味しいので」  伊織と話しながらも翠の手は止まらない。  おはぎを切り取り、ぱくっと食べた。 「…………おいし」 「そうですか、良かったです。久しぶりに餡子作りました」 「伊織ちゃん、手間暇かかったでしょ?」 「そうですね。でも、作ってて楽しかったですし、こうして美味しいと言って貰えたら、言うことないです」 「何でも作っちゃうのね~」 「ふふふ」  そう話している間に、翠はあっという間に完食した。 「はぁ~、美味しかった。伊織ちゃん、ありがとう。ごちそうさま」 「いえ…お口に合って良かったです」  そうやって、母娘のような会話を交わす横で、  虎二匹が、その様子を互いに感慨深げに眺めていてた。 「彪仁、伊織は凄いな」 「何がだ。餌付けされてるだけだろ」 「お前、全く分かってない」 「あ?」  彪雅は彪仁に、翠がどういう人間で、  伊織がどう凄いのか、説明を始めた。
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