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彪雅は、まず翠の事を話し始めた。
「翠は、人を見る目があると同時に、人の内面を見抜く能力に長けている」
「…知ってる」
「だから、組に入れる人間は、例外なく翠を通している」
「それも知ってる。だから翠に伊織の面通しをさせたんだろ?」
「そうだ。だから、たとえお前が見初めた伊織だろうと、翠がいいと言わなかったら、絶対に認めなかった。翠はな、内面を見抜けるが故に、めったに人に心を開かない」
「…」
「ああやって、自然にいられるのは、組の中だけだ。翠は、自分の実家と縁を切られていることは知っているか?」
「ああ」
「あれは、翠が縁を切ったんだ。自分の親のあまりの醜さにな」
「そうなのか?」
翠もそれなりに、周囲の身内に悩まされていた。
□◆□◆□◆□
彪雅は、翠をもらい受けるにあたり、
翠の両親に、きちんと挨拶に出向いている。
「彪雅さん、挨拶なんて…」
「翠、それでも最低限の礼儀だよ」
渋る翠に彪雅は、そう言って説得した。
だが彪雅は、その両親からとんでもない一言を放たれた。
「結婚となれば、こちらは可愛い娘を差し出すんです。橘商事の社長、娘の言い値はいくらかね?さぞかし…」
この一言にキレたのは翠だった。
翠の両親は、そこそこの企業の創業者だったが、
お金にだらしのない人たちで、ちょうどその頃、事業の方でお金に困っている状態だった。
翠が連れてきた男が、橘商事の社長と知るや、
あろうことか、娘に値札をつけさせようとしたのだ。
「あなたたちは、娘を売り飛ばすのですか?挨拶に来てくれた彼に、そんな失礼な事を…。醜悪さは理解していましたがここまでとは…。こんな恥ずかしい人間は、どこを探してもいないでしょう。今後、あなたたちと会うことはありません。私はここで、あなたたちを切り捨てます」
翠は、そう一気に捲し立てると立ち上がる。
一度だけ両親を冷たく見据え、その視線を和らげ彪雅に向けた。
「ごめんなさい、彪雅さん。これ以上は話しても無駄です。行きましょう」
「分かった」
いつもふんわりと笑う翠が、ここまで冷たい空気を纏わせ、吐き捨てる。
彪雅はそれを、驚きをもって見ていた。
啖呵を切って、店を後にした翠が、彪雅におもむろに頭を下げた。
「彪雅さん、ごめんなさい。こんな両親で…。二度と関わらせませんから」
「翠、いいぞ?お前を生んだ両親だ。お前を傍に置けるなら、金くらい出す」
彪雅の申し出に、翠は首を振り同意しない。
「いいえ、一度出せば、際限なく求めてくるでしょう。私は彪雅さんを、そんなものに関わらせたくないんです」
「……翠、そんな簡単に切り捨てていいのか?」
「はい、私の人生にあの人たちは要りません。家族の醜さは分かっていたんですが、やはり血筋だからと言って、絆されてはいけないですね…」
「わかった。なら、俺が二度と翠に近づかないように手配しよう」
「………すみません、煩わせてしまって」
「そんなことはない。大丈夫だ、翠」
そう言って、彪雅は翠を護る算段をつけた。
彪雅は翌日、組の中でも特に厳つい組員を数人引き連れて、
組仕様の黒塗り数台で、翠の両親の会社へ乗り付けた。
彪雅は、恐怖で引き攣る両親に、さらに脅しをかけながら、ドスを効かせて釘を刺す。
「翠は俺の女になった。つまり、橘組の姐になったということだ。その翠が、お前らとは縁を切ると決めた。なので、二度と関わらないでいただこう。今後は、橘組全員が翠の家族だ。翠に仇なすものは、俺達が許さない」
そう翠の両親に、極道・橘組の総意を告げ、啖呵を切った。
「なので、そちらも翠の事は忘れていただこう。宜しいか?」
それ以来、翠の両親が翠に関わってくることは無くなった。
そして、両親の顛末を、翠自身知らない。
ただ、一度だけ橘の屋敷に両親が訪れたことがあったのだが、
既に通達が出され、二人が屋敷の敷居を跨ぐことは許されなかった。
結局、その後しばらくして、翠の両親の会社は倒産。
翠の両親の消息は、そこでぷつりと途絶えた。
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