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彪雅は、翠を毒親から切り離し、傍に常に置き大切に愛した。
「翠は、親の所業を嫌というほど見てきている。だから、人の機微に敏感だ」
「…」
「伊織は、そんな翠に警戒する隙すら与えず、間合いに入り込んでいる。それがいかに凄いことか分かるか?」
「はあ?翠が勝手に付き纏っていただけだろうが」
「馬鹿か。そもそも翠は、初対面でそんなことをまずしない。いきなりそうしたということは、伊織はそれほどの女だ、ということなんだよ」
「…」
彪仁は、翠の能力を理解している。
翠が見染めた組の者たちは、誰もかれも必要な人材だった。
「伊織は、強引に突撃してきた翠を、母親だと分かっていても、お前のマンションに入れなかった。お前の許可を翠に取らせた。それは毎回と聞いている。俺の時ですらそうだった」
「…」
「決して出しゃばらない。徹底的にお前を立てる。伊織の行動は、すべてお前を中心に置いた行動だ。そこは分かっているか?」
「ああ、もちろん」
「そんな伊織は、突撃した翠に対して、決して無下にはしなかった。あの日は、翠が強引に上がり込んだようだが、終始気遣ってくれたと。翠が見た伊織の内面は『透明』だったそうだ」
透明という事は、これからいくらでも変われるという事。
彪仁も、そんな伊織が濁らないように、常に気を配っている。
翠は、そんな伊織の内面を、ほんのわずかの時間で見抜いていた。
「伊織をしっかり守れ。翠は、伊織をお前の伴侶としても、組の姐としても相応しいと認めた。伊織に強制する必要はない。だが、翠は伊織が、心を決めてくれると思っているようだ。だから、何かと関わろうとするんだよ」
「余り伊織に負担を掛けさせるな。ただでさえ、くるくる忙しないんだ」
「ああ、知ってる。だが翠もある意味同類だから、多分、大丈夫だ」
「…」
「翠はあれ以来、とにかく伊織に会いたがったからな。今日は、それが爆発してる。しばらくは離さんぞ」
「チッ」
彪仁はイラつくが、伊織が翠と話している姿を見ていると、
本当の母娘のようで、
なにより、伊織の表情がいつもより柔らかいことに、
彪仁の苛立ちが凪いでいく気がした。
翠はその後も、伊織にべったり張り付き、色々と質問攻めにしていた。
彪仁は、翠の追突に伊織が疲れているなと察し、
「伊織、そろそろ帰るぞ」
「えー、伊織ちゃんは置いていきなさい」
「馬鹿か、伊織は俺のだ。連れて帰るに決まってる」
「ぶー」
「伊織、疲れただろう?翠の体力は無尽蔵だからな。戻ろう」
「……はは」
彪仁は、そう言って翠から伊織を奪い返す。
明らかに疲れの滲む伊織を見て、さすがに彪雅も窘める。
「翠、その辺でやめとけ」
「……仕方ないですね」
ようやく翠が諦めて、解放された伊織だった。
部屋を出て、玄関に向かう途中、
翠が突然、お誘いを掛けてきた。
「伊織ちゃん。今度、お買い物に行きましょうね」
伊織は、翠の質問攻撃に疲れていて、内容を頭で考える間もなく、
「はい、いいですよ」
「馬鹿、伊織!」
「……は?」
「ふふ、伊織ちゃん、言質取ったからね~」
「…」
「…」
伊織は翠の嬉しそうな顔をみて、まあいいかと、
彪仁と二人、マンションに帰っていった。
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