虎穴08 獲物を蝕む毒

5/6
前へ
/59ページ
次へ
 本家を訪れた、その週の土曜日。 「伊織ちゃーん」  ピンポンを連打しながら、翠がやって来た。  伊織たちが丁度お昼が終わり、片付けも済ませ、  彪仁とようやく、ゆっくりできるというタイミングだった。  伊織が出迎えると、 「伊織ちゃん、お買い物に行きましょう」 「……今からですか?」 「もちろん」 「伊織はようやく休憩なんだ。振り回すな」  彪仁が窘めるが、翠は引かない。 「もう先方には連絡したの。娘と行きますって。だから行きましょ?」 「「…」」  彪仁がみるみる機嫌が悪くなるのを、伊織は何とか窘めながら、 「わかりました。涼さんも一緒でいいですか?」 「もちろん。私にもお目付けは付いてるから」 「じゃあ、準備をしますので、待っててください」 「おっけー」  伊織は、準備のために部屋へ消えた。 「……何を考えてるんだ?」 「ん?何も。ただ、伊織ちゃんに慣れてもらいたいの…私たちに。それだけよ?」 「…そうか、わかった。だが、あまり疲弊させるなよ?伊織の仕事に影響もさせるな。それが条件だ」 「分かってるわ。これまでのやり取りで、そこはちゃんと学習したから大丈夫。夕方にはちゃんと、送り届けるから」  そんな会話をしていると、 「翠さん、お待たせしました」 「きゃー、可愛い。じゃあ、行きましょー」  既に、外で待機している涼も連れて、  伊織は、翠のお買物に付き合うことになった。 □◆□◆□◆□  着いたのは百貨店。  翠たちが到着すると、店舗の方からバラバラと人がやって来た。 「橘様、本日はようこそ」 「今日は、娘と買い物をします。いつものようによろしく」 「はい、すでにご準備、整っておりますのでどうぞ。ご案内いたします」 「ありがとう。さ、伊織ちゃん。行きましょ」 「………はい」  百貨店では、VIPらしく、奥まったスペースの個室に案内された。  外からは『関係者以外立ち入り禁止』の表示がされてあり、分からない。  だが、そのドアを潜った先は、別世界の空間だった。  高級感のある調度品に、さまざまなアイテムが所狭しと並んでいる。  それは百貨店側が、翠に事前に聞き取りをして、準備させたようだった。  翠は、そこから大量に選び、大量に購入していく。  服、バッグ、アクセサリー、下着、等々。   「伊織ちゃん、欲しいものないの?」 「いえ、私は…。翠さんのお買物を見てるだけで、お腹いっぱいです」 「んもう!つまんないでしょう!? いいわ。私がコーディネートしてあげる」 「え!」  翠は、店員を呼び寄せ、 「可愛くコーデして頂戴。よろしく」 「え、翠さん!ちょっ」  あれよあれよという間に、伊織は採寸され、  着せ替え人形のように着替え続け、翠が良しとしたものをすべて購入。 「伊織ちゃん、本当にこれだけでいいの?」 「これだけって…。翠さん、充分買っていただきましたから。ありがとうございます」  まだ足りないという翠を、伊織は何とか窘めながら、  恐ろしいお買物は、伊織が仕事に取り掛かる夕方には終わり、  伊織は、今日買ったものを身に纏い、そのまま戻る。 「翠さん…怖いです。落としそう…汚しそう…歩けません…」 「もぉぉ、大丈夫だって。そのまま帰るよっ。彪仁に見せつけてやるんだからっ。こんな可愛い伊織ちゃん、惚れ直すよ?きっと」  二人は、そんな会話を繰り広げながら、へっぴり腰になる伊織は約束通り、  夕方の準備をする時間までに、マンションに送り届けられることになった。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1653人が本棚に入れています
本棚に追加