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本家を訪れた、その週の土曜日。
「伊織ちゃーん」
ピンポンを連打しながら、翠がやって来た。
伊織たちが丁度お昼が終わり、片付けも済ませ、
彪仁とようやく、ゆっくりできるというタイミングだった。
伊織が出迎えると、
「伊織ちゃん、お買い物に行きましょう」
「……今からですか?」
「もちろん」
「伊織はようやく休憩なんだ。振り回すな」
彪仁が窘めるが、翠は引かない。
「もう先方には連絡したの。娘と行きますって。だから行きましょ?」
「「…」」
彪仁がみるみる機嫌が悪くなるのを、伊織は何とか窘めながら、
「わかりました。涼さんも一緒でいいですか?」
「もちろん。私にもお目付けは付いてるから」
「じゃあ、準備をしますので、待っててください」
「おっけー」
伊織は、準備のために部屋へ消えた。
「……何を考えてるんだ?」
「ん?何も。ただ、伊織ちゃんに慣れてもらいたいの…私たちに。それだけよ?」
「…そうか、わかった。だが、あまり疲弊させるなよ?伊織の仕事に影響もさせるな。それが条件だ」
「分かってるわ。これまでのやり取りで、そこはちゃんと学習したから大丈夫。夕方にはちゃんと、送り届けるから」
そんな会話をしていると、
「翠さん、お待たせしました」
「きゃー、可愛い。じゃあ、行きましょー」
既に、外で待機している涼も連れて、
伊織は、翠のお買物に付き合うことになった。
□◆□◆□◆□
着いたのは百貨店。
翠たちが到着すると、店舗の方からバラバラと人がやって来た。
「橘様、本日はようこそ」
「今日は、娘と買い物をします。いつものようによろしく」
「はい、すでにご準備、整っておりますのでどうぞ。ご案内いたします」
「ありがとう。さ、伊織ちゃん。行きましょ」
「………はい」
百貨店では、VIPらしく、奥まったスペースの個室に案内された。
外からは『関係者以外立ち入り禁止』の表示がされてあり、分からない。
だが、そのドアを潜った先は、別世界の空間だった。
高級感のある調度品に、さまざまなアイテムが所狭しと並んでいる。
それは百貨店側が、翠に事前に聞き取りをして、準備させたようだった。
翠は、そこから大量に選び、大量に購入していく。
服、バッグ、アクセサリー、下着、等々。
「伊織ちゃん、欲しいものないの?」
「いえ、私は…。翠さんのお買物を見てるだけで、お腹いっぱいです」
「んもう!つまんないでしょう!? いいわ。私がコーディネートしてあげる」
「え!」
翠は、店員を呼び寄せ、
「可愛くコーデして頂戴。よろしく」
「え、翠さん!ちょっ」
あれよあれよという間に、伊織は採寸され、
着せ替え人形のように着替え続け、翠が良しとしたものをすべて購入。
「伊織ちゃん、本当にこれだけでいいの?」
「これだけって…。翠さん、充分買っていただきましたから。ありがとうございます」
まだ足りないという翠を、伊織は何とか窘めながら、
恐ろしいお買物は、伊織が仕事に取り掛かる夕方には終わり、
伊織は、今日買ったものを身に纏い、そのまま戻る。
「翠さん…怖いです。落としそう…汚しそう…歩けません…」
「もぉぉ、大丈夫だって。そのまま帰るよっ。彪仁に見せつけてやるんだからっ。こんな可愛い伊織ちゃん、惚れ直すよ?きっと」
二人は、そんな会話を繰り広げながら、へっぴり腰になる伊織は約束通り、
夕方の準備をする時間までに、マンションに送り届けられることになった。
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