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百貨店の帰りの駐車場で、車に乗り込もうとしていたその時、
伊織は、久しぶりに唯一の身内である叔母に、声を掛けられた。
「伊織?」
くるりと声がした方へ視線を向けると、紗栄子が呆然と立っていた。
「え、叔母さん?」
懐かしさがこみ上げ、伊織が紗栄子に近づこうとした時、
翠が伊織の腕を掴み、近づこうとする行動を止めた。
「…っ、翠さん?」
「…伊織ちゃん、この人…誰?」
伊織は、いつもと違う雰囲気の翠に戸惑いながら、唯一の親戚だと告げる。
「ふぅん……で?その親戚様が、うちの娘に何の御用です?」
「……娘?」
紗栄子は、その言葉に反応し、表情を醜く歪める。
伊織は、そんな紗栄子から鋭く睨みつけられた。
「伊織、結婚したの?」
「……え、まさか」
伊織が否定すると、翠が紗栄子に決めごとを告げる。
「その予定です。伊織ちゃんは、うちの彪仁には勿体ないほどの娘です」
「私に断りもなく、結婚なんて…」
紗栄子は、苛立ちを隠さず睨みつけてくる。
見たことも無いそんな紗栄子の表情を、伊織は少し怖く感じていた。
「どうしてです?あなたは、伊織ちゃんのご両親ではないでしょう?なら、あなたに断る必要なんてないじゃない?当人同士が合意すればね?」
「何ですって!? そんな勝手な!! 兄夫婦の死後、身寄りのない伊織を、私が親代わりとして育ててきたんです。私には、娘も同じなんです!!」
二人の間に火花が散る。
「娘……ねぇ」
「そうです、娘です。なのに、いきなり仕事を辞めて、それきり連絡も寄こさずこんな…。お陰で私の会社は業績が悪化してるの!」
「そんなの、あなたの運営の仕方が悪いからでしょ?伊織ちゃんの所為じゃない。ああ…もともとこの界隈で一番だったのも、評判が良かったのも、全部伊織ちゃんのお陰だったのね…」
「そうよ!! 伊織がいればうまくいってたのに!橘がしゃしゃり出て来なかったら、伊織はずっと、私の駒で使えてたのに!」
だんだん紗栄子の本性が暴かれる。
「娘を駒扱いですか…。つまりあなたは、伊織ちゃんを飼い殺しにしていた、ということなのね?」
「これまでお金をかけて育ててきたんだもの!当然でしょ!」
伊織は、紗栄子の言葉が信じられなかった。
私は、叔母さんの駒だったの?
私を大学に行かせなかったのも、早く働かせたかったから?
伊織は、これまで紗栄子の言う事に、何でも従ってきた。
伊織は、紗栄子の言葉の全てを、疑いもしなかった。
それが、すべて紗栄子の都合だったなんて…。
「あなたは今、お金をかけたって言うけど、そのお金は伊織ちゃんのご両親が、伊織ちゃんに遺した大切な遺産でしょ?そのほとんどを、自分の懐に入れたあなたに、伊織ちゃんを育てたなんて言わせない」
「…っ」
「そして、伊織ちゃんを駒扱いをするあなたは、伊織ちゃんが身体と魂を削って働いていた労働の対価を、その懐に入れてたんでしょ?」
「…なっ」
紗栄子は、翠がそこまで知ってるとは思っていなかった。
伊織も知らなかったようで、動揺が走る。
「それもこれも、橘が全て持っていったじゃない!伊織にちゃんと渡したの!?」
「当然でしょ?あなたと一緒にしないで。あのお金は、伊織ちゃんのご両親が、伊織ちゃんに遺した大切な遺産で、伊織ちゃんが必死に働いた血汗なのだから」
「…っ」
「そんな毒叔母が、伊織ちゃんの身内面することは許さない。伊織ちゃんは、既に橘の身内。金輪際、うちの伊織ちゃんに近付かないで頂戴。これは警告」
橘組の姐は、家族を傷付ける敵を、容赦なく叩き潰す。
そして、大切な家族を全身全霊で護り抜く。
翠は、動揺が見て取れる伊織の手をぎゅっと握った。
「伊織ちゃん、大丈夫よ。あんな叔母さんがいなくても、私達がいる。一人じゃない。私たちが伊織ちゃんの家族。血筋が全てじゃない。大丈夫」
落ちそうになっている伊織を、翠は必死に引き留めた。
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