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翌朝、いつものようにアラームがけたたましく鳴り響く。
「………んむぅ、ぅるさぃ……」
今日も、バシッとアラームを切り、意識が沈む。
いつもの朝のルーティンを熟して、ようやく起きた。
ベッドの上で頭を垂れ、いつもより重い身体を持て余す。
「…………」
更に今日は、昨日の疲れが残っているのか、瞼が重い。
それでも、今日も仕事なので無理矢理身体を動かした。
ズルズルと、体を引き摺りながら、洗面所へ向かう。
歯を磨き、顔を洗ってようやく目が覚めた。
「…………ねむ。昨日、何したかな…」
寝起きで頭が働かない。
食欲はないが、体力仕事なので、食べないと体力が続かなくなる。
なので、無理やり胃袋に米を押し込んだ。
朝ご飯を掻き込み、身なりを整えて着替えを済ませて、
今日のシフトを確認する。
「今日は、部屋のクリーニングに、作り置き…ね。りょーかい」
伊織は、いつものように自分の本分を全うするため、
今日も、依頼者のお宅に出向き、仕事を熟した。
□◆□◆□◆□
それから数日が過ぎた。
「それでは失礼します」
いつものように業務を終え、最後の依頼先を後にすると、
少し離れたところにいる、なにか黒いものが視界に入った。
一瞬、そちらに視線を投げ、その黒いものが人物だと確認。
それが以前出逢った危険人物と認識し、くるっと反対方向に身体を回す。
「………ぇ、なに?……あの黒い人……。待ち伏せ!?…こわっ」
伊織は背を向けたまま、一目散に走りだした。
いつかのように、あっという間にいなくなる。
「…!」
後ろでまた声がしたが、
その声は、伊織の耳には届かなかった。
目の前で、あっという間に喧騒に消えてしまった伊織。
彪仁は、またもや伊織を目の前で、とり逃がしてしまった。
あれから、伊織の全てを調べ上げ、伊織のシフトを把握し、
今この場で捕獲すべく、待ち伏せしていたというのに…。
その伊織は、あっという間に喧騒に紛れ、姿が見えなくなった。
「くそっ!」
彪仁は、苛立ちを吐き捨てる。
あまりの素早さに、声を掛ける暇もない。
「若、また逃げられましたね」
「………何だ!? あの素早さは!」
「防衛本能ですかね…」
「チッ」
佐伯は、一歩後ろでクツクツと、心底可笑しそうに笑う。
彪仁は、そんな佐伯を一瞥し、
「仕方ない。また明日だ」
「…若、いつまで続けるのですか?」
「もちろん、捕まえるまで」
「…随分とご執心ですね?」
彪仁は、獲物と認識した伊織を逃すつもりはなく、
伊織は、得体の知れない気配を感じて逃げまどう。
彪仁と伊織の攻防が、今、幕を上げた。
□◆□◆□◆□
次の日も、また次の日も、彪仁は毎日伊織の前に現れた。
だが伊織は、彪仁の捕獲の網をことごとく搔い潜る。
「もうっ!何なの!? 私は用なんてないっ!」
「待てっ!! 何故逃げる!?」
伊織は、ひたすら逃げ続ける。
彪仁は、ひたすら追いかけた。
今日も、最後の仕事が終わり、派遣先を後にしようと、
お宅の玄関を後にしたのだが、何だか嫌な予感がして、
門柱の陰から、通りの様子を伺う。
すると、やはり彪仁が外で待ち構えていた。
「………マジで勘弁して…」
どうしたものかと思案しながら、門の陰で悶絶していると、
「あの…、どうかされましたか?」
「…………ぁ」
後ろで、派遣先の依頼主に心配された。
「すみません―――」
伊織は、家主に断りを入れて、裏からそっと抜け出す。
裏へ回り、背戸道に出ると、そこには誰もいなかった。
「……………よしっ」
伊織は、家主に深々と挨拶をして、
そのまま小走りに、一目散に家に帰った。
こうして今日の彪仁は、伊織の姿を確認することなく、
これまでのように、例外なく、見事に伊織を取り逃がしてしまった。
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