虎穴01 獲物は家政婦

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 翌朝、いつものようにアラームがけたたましく鳴り響く。 「………んむぅ、ぅるさぃ……」  今日も、バシッとアラームを切り、意識が沈む。  いつもの朝のルーティンを熟して、ようやく起きた。  ベッドの上で頭を垂れ、いつもより重い身体を持て余す。 「…………」  更に今日は、昨日の疲れが残っているのか、瞼が重い。  それでも、今日も仕事なので無理矢理身体を動かした。  ズルズルと、体を引き摺りながら、洗面所へ向かう。  歯を磨き、顔を洗ってようやく目が覚めた。 「…………ねむ。昨日、何したかな…」  寝起きで頭が働かない。  食欲はないが、体力仕事なので、食べないと体力が続かなくなる。  なので、無理やり胃袋に米を押し込んだ。  朝ご飯を掻き込み、身なりを整えて着替えを済ませて、  今日のシフトを確認する。 「今日は、部屋のクリーニングに、作り置き…ね。りょーかい」  伊織は、いつものように自分の本分を全うするため、  今日も、依頼者のお宅に出向き、仕事を熟した。 □◆□◆□◆□  それから数日が過ぎた。 「それでは失礼します」  いつものように業務を終え、最後の依頼先を後にすると、  少し離れたところにいる、なにか黒いものが視界に入った。  一瞬、そちらに視線を投げ、その黒いものがだと確認。  それが以前出逢った危険人物と認識し、くるっと反対方向に身体を回す。 「………ぇ、なに?……あの黒い人……。待ち伏せ!?…こわっ」  伊織は背を向けたまま、一目散に走りだした。  いつかのように、あっという間にいなくなる。   「…!」  後ろでまた声がしたが、  その声は、伊織の耳には届かなかった。  目の前で、あっという間に喧騒に消えてしまった伊織。  彪仁は、またもや伊織を目の前で、とり逃がしてしまった。  あれから、伊織の全てを調べ上げ、伊織のシフトを把握し、  今この場で捕獲すべく、待ち伏せしていたというのに…。  その伊織は、あっという間に喧騒に紛れ、姿が見えなくなった。 「くそっ!」  彪仁は、苛立ちを吐き捨てる。  あまりの素早さに、声を掛ける暇もない。 「若、また逃げられましたね」 「………何だ!? あの素早さは!」 「防衛本能ですかね…」 「チッ」  佐伯は、一歩後ろでクツクツと、心底可笑しそうに笑う。  彪仁は、そんな佐伯を一瞥し、 「仕方ない。また明日だ」 「…若、いつまで続けるのですか?」 「もちろん、捕まえるまで」 「…随分とご執心ですね?」  彪仁は、獲物と認識した伊織を逃すつもりはなく、  伊織は、得体の知れない気配を感じて逃げまどう。  彪仁と伊織の攻防が、今、幕を上げた。 □◆□◆□◆□  次の日も、また次の日も、彪仁は毎日伊織の前に現れた。  だが伊織は、彪仁の捕獲の網をことごとく搔い潜る。 「もうっ!何なの!? 私は用なんてないっ!」 「待てっ!! 何故逃げる!?」  伊織は、ひたすら逃げ続ける。  彪仁は、ひたすら追いかけた。  今日も、最後の仕事が終わり、派遣先を後にしようと、  お宅の玄関を後にしたのだが、何だか嫌な予感がして、  門柱の陰から、通りの様子を伺う。  すると、やはり彪仁が外で待ち構えていた。 「………マジで勘弁して…」  どうしたものかと思案しながら、門の陰で悶絶していると、 「あの…、どうかされましたか?」 「…………ぁ」  後ろで、派遣先の依頼主に心配された。 「すみません―――」  伊織は、家主に断りを入れて、裏からそっと抜け出す。  裏へ回り、背戸道(せどわみち)に出ると、そこには誰もいなかった。 「……………よしっ」  伊織は、家主に深々と挨拶をして、  そのまま小走りに、一目散に家に帰った。  こうして今日の彪仁は、伊織の姿を確認することなく、  これまでのように、例外なく、見事に伊織を取り逃がしてしまった。
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