虎穴01 獲物は家政婦

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 毎日、伊織から逃げられてしまっている彪仁は、  どうすれば捕獲できるか、今日も社長室で思案していた。  昨日に至っては、とうとう姿を見る事すら叶わなかった。  伊織の住んでいる場所も割れてはいたが、  そこまで行くと、伊織を危険にさらす可能性があるので、  さすがの彪仁も、そこは自重していた。  そして、この攻防戦も、かれこれひと月近く続いている。 「若、伊織さんから完全に警戒されてます。多分、捕獲は無理ですよ?」 「…そもそも何で逃げる!?」  彪仁は、苛立ちを隠さない。 「今は引くべきですね、若。伊織さんを怖がらせてるだけですよ?」 「嫌だ。顔を見ないと俺が無理」 「…」  執着心を爆発させる彪仁に、佐伯が言い聞かせる。 「………若、明日は伊織さんに接触します。朝、伊織さんが出勤された後、彼女の部屋を引き払い、引っ越しさせますので。逃げられて、万が一戻られたら驚かれます。いいですね?明日は接近禁止です」  佐伯は、ワザと自分が行くことを強調した。  彪仁は渋ったが、このまま行っても結果は同じなので、 「……………分かった」  渋々だが明日は、佐伯に任せることにした。 □◆□◆□◆□  翌日、伊織は、もはや習慣となってしまった、通りに出る前の確認をする。  すると、今日はあの黒い男がいない。左右を何度もくどいほど確認する。 「………やっと諦めた?それとも、やり方を変えた?」  伊織は、警戒を怠らない。そっと通りに出る。  更に辺りを何度も見回して、ようやく安堵のため息をついた。 「…今日はいない。よし、帰ろう」  家路に向けて、足取り軽く歩き出した。  ところが…、  通りの角を曲がると、目の前にスーツ姿の男が、  伊織の行く手を阻むように立っていた。 「申し訳ありません」  その男に、柔らかな声をかけられた。 「はい」 「突然のお声がけ、失礼します。私、こういうものですが…」  そう言って、名刺を一枚渡された。  伊織は、それを受け取り視線を落とし、確認する。  そこには、  橘商事株式会社  常務取締役 佐伯尚樹  とあった。 「橘商事…」 「はい。私、佐伯と申します。少し、お話をよろしいでしょうか?」 「えっと、お話とは…」 「とりあえず、来ていただきたいところがあるので、ご一緒してもらっても、よろしいですか?」 「ぁの、ご一緒と言われましても…」 「…」  さすがに伊織は躊躇する。  橘商事は、この街で一番の大企業。  そんな企業の、しかも役職の男から声を掛けられ、伊織はただ驚いていた。  だが、そんな大企業の役職でも、見ず知らずの、  しかも男性について来いと言われて、  のこのことついていくほど、伊織はお人好しではない。  ほんの僅かな警戒心を感じて、佐伯はくすりと笑みを零す。 「さすが、なかなかの警戒心ですね…」 「…は?」 「いえ、失礼。私は、あなたをスカウトしに来ました」 「…は!?」 「うちの社長が、優秀な貴方を是非にと所望されまして、こうしてお声掛けさせていただきました」 「はぁっ!?」  橘商事から、しかも社長から???  そんな大企業の社長からのオファー…?  何で!?!?  普通の人間なら、二つ返事だろうが、伊織は違う。  今の仕事を辞める気はないので、伊織は佐伯の申し出を、秒速で断った。 「申し訳ありませんが、お断りいたします」 「…それは、なぜ?」 「私の働く会社は、叔母の会社で、私は今の仕事が好きなんです。私の天職だと思っています。辞める選択肢はないんです」 「…」  佐伯に伊織は、そうはっきりと告げた。  なのに、佐伯は食い下がってくる。 「貴方にお願いしたいのは、住み込みで社長の自宅の家事全般。それを貴方にお任せしたいのです。なかなか、信頼できる方が見つからず、困っていたんですが、知り合いから貴方を紹介されまして」 「そうなんですね。では、叔母を通していただけますか?私では即答できません」  そう言った時、前後からあのブラックの集団がやって来て、  ぐるりと伊織は取り囲まれ、逃げ道を塞がれてしまった。
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