2043人が本棚に入れています
本棚に追加
伊織は、突然の状況に戸惑う。
(え、囲まれた!?)
佐伯は伊織に、何事もなかったように、
柔らかく笑みを浮かべ、信じられない事を、当然のように告げた。
「貴方の叔母様とは、この件の事は、話はついています。貴方はすでに、山科家政婦紹介所を退職されています」
「えっ、いつですか!?」
「今日付けです。明日からは、橘商事の職員となります」
「はぁっ!? そんな話、私、聞いてませんが!?!?」
伊織は思わず叫ぶと、スマホを取り出し電話を掛ける。
暫くコール音がして、紗栄子が電話口に出た。
「叔母さん、どういうこと!? 私、退職するなんて…」
"伊織、もう移籍金も受け取っているの。明日からあなたの職場は、橘商事。仕事内容は、社長宅の家事全般。大丈夫。今までと変わらないから頑張って"
紗栄子は、やや気怠そうに伊織にそう告げて、
一方的に電話を切ってしまった。
伊織は、切られたスマホの画面を見つめたまま、
あまりの事態に、呆然と立ち尽くしていた。
「伊織さん、状況は呑み込めましたか?」
「………ぁの、私が断った場合、どうなりますか?」
「断る……」
「…っ」
『断る』というワードを聞いた途端、
佐伯の纏う空気が、一気に下がっていくのを伊織は感じた。
「断ると言われるのでしたら、叔母様にお支払いした移籍金を、返却していただかなければなりませんね…」
「……ぁの…それは、いくらですか?」
伊織のその問いに、佐伯はさらっと、とんでもない額を告げた。
「1億」
伊織は、思ってた額と、桁が違うことに、
目を零れんばかりに見開いて、思わず叫び驚いた。
「いちおく!?」
「はい。お支払いしたのは、今月の頭ですので、1ヵ月分の利息が付きます。トイチですよ?」
にっこりと恐ろしい金額を放たれ、今度は脅し文句をぶち込まれた。
「伊織さん、あなたにはこの話を受ける以外に、選択肢はないんですよ?」
「………」
そして、伊織の待遇が、今まで以上だと強調される。
「大丈夫です。叔母様もおっしゃったと思いますが、今の仕事と何も変わりませんし、お給金も出ます。福利厚生もばっちりです。伊織さんに損はないと思いますよ?」
「……………」
佐伯は、弱った伊織をさらに追い立てる。
「さ、どうしますか?」
「…………………」
伊織はこれでも逃げ口を探す、が佐伯に袋小路に追い詰められた。
「私も、気が長い方ではないので…、お断りということならば…」
「………………………わかりました」
逃げ道がないと観念した伊織の言葉を聞き、
にっこりと美しい笑みを浮かべる佐伯。
「良かったです。では、社長がお会いしたいとのことですので、車の方に」
遂に、伊織を捕獲に成功した、虎の側近だった。
□◆□◆□◆□
到着したのは予想通り、あの超高層マンションだった。
「伊織さん、どうぞ」
「…」
恭しくドアを開けて、伊織を誘導する。
エントランスに入り、コンシェルジュが挨拶をする。
「佐伯様」
「今日から社長の部屋に彼女が住まいます。正式登録をお願いします」
「え!? 今日からですか!?」
「はい。明日の朝から早速勤務ですから当然かと」
当たり前のように言われ、さらにとんでもない爆弾を投下される。
「それに、引っ越しもこちらで手配して、諸々全て完了しています。なのでご安心ください」
「はぁっ!?」
伊織は挨拶だけと思っていたのに、
それどころか引っ越しも終わっていると言われて驚いた。
佐伯の殺し文句に眩暈に襲われながら、
半ば、拉致のように連れて来られ、
伊織は、意識が飛びそうになるのを、必死に堪えていた。
最初のコメントを投稿しよう!