虎穴01 獲物は家政婦

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 伊織は、突然の状況に戸惑う。  (え、囲まれた!?)  佐伯は伊織に、何事もなかったように、  柔らかく笑みを浮かべ、信じられない事を、当然のように告げた。 「貴方の叔母様とは、この件の事は、話はついています。貴方はすでに、山科家政婦紹介所を退職されています」 「えっ、いつですか!?」 「今日付けです。明日からは、橘商事の職員となります」 「はぁっ!? そんな話、私、聞いてませんが!?!?」  伊織は思わず叫ぶと、スマホを取り出し電話を掛ける。  暫くコール音がして、紗栄子が電話口に出た。 「叔母さん、どういうこと!? 私、退職するなんて…」 "伊織、もう移籍金も受け取っているの。明日からあなたの職場は、橘商事。仕事内容は、社長宅の家事全般。大丈夫。今までと変わらないから頑張って"  紗栄子は、やや気怠そうに伊織にそう告げて、  一方的に電話を切ってしまった。  伊織は、切られたスマホの画面を見つめたまま、  あまりの事態に、呆然と立ち尽くしていた。 「伊織さん、状況は呑み込めましたか?」 「………ぁの、私が断った場合、どうなりますか?」 「断る……」 「…っ」 『断る』というワードを聞いた途端、  佐伯の纏う空気が、一気に下がっていくのを伊織は感じた。 「断ると言われるのでしたら、叔母様にお支払いした移籍金を、返却していただかなければなりませんね…」 「……ぁの…それは、いくらですか?」  伊織のその問いに、佐伯はさらっと、とんでもない額を告げた。 「1億」  伊織は、思ってた額と、桁が違うことに、  目を零れんばかりに見開いて、思わず叫び驚いた。 「いちおく!?」 「はい。お支払いしたのは、今月の頭ですので、1ヵ月分の利息が付きます。トイチですよ?」  にっこりと恐ろしい金額を放たれ、今度は脅し文句をぶち込まれた。 「伊織さん、あなたにはこの話を受ける以外に、選択肢はないんですよ?」 「………」  そして、伊織の待遇が、今まで以上だと強調される。 「大丈夫です。叔母様もおっしゃったと思いますが、今の仕事と何も変わりませんし、お給金も出ます。福利厚生もばっちりです。伊織さんに損はないと思いますよ?」 「……………」  佐伯は、弱った伊織をさらに追い立てる。 「さ、どうしますか?」 「…………………」  伊織はこれでも逃げ口を探す、が佐伯に袋小路に追い詰められた。 「私も、気が長い方ではないので…、お断りということならば…」 「………………………わかりました」  逃げ道がないと観念した伊織の言葉を聞き、  にっこりと美しい笑みを浮かべる佐伯。 「良かったです。では、社長がお会いしたいとのことですので、車の方に」  遂に、伊織を捕獲に成功した、虎の側近だった。 □◆□◆□◆□  到着したのは予想通り、あの超高層マンションだった。 「伊織さん、どうぞ」 「…」  恭しくドアを開けて、伊織を誘導する。  エントランスに入り、コンシェルジュが挨拶をする。 「佐伯様」 「今日から社長の部屋に彼女が住まいます。正式登録をお願いします」 「え!? 今日からですか!?」 「はい。明日の朝から早速勤務ですから当然かと」  当たり前のように言われ、さらにとんでもない爆弾を投下される。 「それに、引っ越しもこちらで手配して、諸々全て完了しています。なのでご安心ください」 「はぁっ!?」  伊織は挨拶だけと思っていたのに、  それどころか引っ越しも終わっていると言われて驚いた。  佐伯の殺し文句に眩暈に襲われながら、  半ば、拉致のように連れて来られ、  伊織は、意識が飛びそうになるのを、必死に堪えていた。
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