虎穴02 獲物の所在の行方

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虎穴02 獲物の所在の行方

 時は、彪仁が佐伯に、伊織の調査を指示した頃に遡る。  伊織の身辺調査を指示し、2週間程たった頃、  ようやく報告書が彪仁に上がってきた。 「伊織の身辺はどうだった?」  彪仁は、報告書を捲りながら佐伯に尋ねる。  松雪伊織は、高校生の頃、両親を事故で亡くし、  唯一の親族である叔母、山科紗栄子に引き取られている。  高校を卒業後は、紗栄子が経営する『山科家政婦紹介所』に所属して、  26歳になる今日まで、この紹介所で働いていた。 「伊織さんは、叔母の経営する紹介所で働いていますが、どうも、その叔母というのが…」 「…」  ぺらぺらと、叔母の報告欄を読んでいくと、  みるみる彪仁の眉間に皺が寄った。 「…この女、寄生虫だな」  紗栄子は、伊織が未成年なのをいいことに、  両親が遺した遺産を、紹介所の運転資金、  自分を着飾るブランド品等に、使い込んでいた。  更に、現在の伊織の給与に関しても、成果主義を謳っているが、  伊織に関しては、他の職員と手取り額がほぼ変わらない額に調整され、  その差額分も、紗栄子の懐に入っていた。  紹介所の中で、指名が一番多い伊織。  稼ぎ頭の伊織が働けば働くほど、叔母の懐が潤う。  さらにシフト管理などの会社運営にも、伊織は関与していて、  叔母の紹介所を廻しているのは、何もかも伊織だった。 「伊織さんは、気づいていないようですね。所謂、人がいいというやつです」 「こんなところに、いつまでも伊織を置いておけない。佐伯、すぐに手配」 「わかりました。救出方法は、私に一任でよろしいですか?」 「構わない。だが早急にだ」 「わかりました。出来るだけ急ぎます」 「頼む」  佐伯は、さっそく翌日、伊織が勤める紹介所を訪れた。 □◆□◆□◆□  紹介所の応接室で、佐伯は伊織の叔母、山科紗栄子と対面する。 「本日は、お時間を頂きありがとうございます。私、橘商事の佐伯と申します」  佐伯はそう名乗り、紗栄子と名刺を交換する。 「はい。所長の山科です。どうぞ、お掛けください」 「失礼します」  紗栄子は、今回の来訪の目的を聞いてきた。 「それで、今回はどのようなご用件で?」 「はい、こちらに松雪伊織さんが、所属されていますよね?」 「はい。うちの松雪をご指名ですか?」 「指名というか、こちらは松雪伊織さんをスカウトに参りました」 「………は!?」  紗栄子は、突然の申し出に驚いた。 「いや、それは…」 「松雪さんご本人にもお尋ねしたいので、ここに呼んでいただいても?」 「松雪は、直行で現場です。帰りも直帰ですので…」 「そうですか…。では、所長様と交渉しましょうか」  佐伯は、不敵に言った。 「私どもは、松雪さんを高く買っています。是非、うちの人材にと思っております」 「それは、こちらも同じです。それに…伊織は可愛い、大切な私の姪です。簡単に『はいそうですか』とは言えません」  紗栄子は、怒気を強めて言う。  だがその中に、僅かな動揺を佐伯は見て取った。  なので、纏う空気を変え、眼光鋭く睨みながら、  周囲の空気の温度を下げるように低く、冷たく言い放つ。 「その可愛い姪を、喰い物にしているようなあなたが、彼女を大切にしているとは思えませんが?」 「……な、にを…」  佐伯の言葉に、紗栄子の動揺が大きくなる。  佐伯の指摘が、紗栄子の所業を示している。  この男は、何をどこまで知っているのだろう…。  そんな機微が、表情にありありとみて取れて、  佐伯は、その動揺を見逃さなかった。  
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