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準備が終わり、翠と二人で彪仁が帰ってくるまで待っていた。
すると、いつもの時間より少し早く、彪仁が帰って来たのだが、バァンッと玄関を勢いよく開け放ち、伊織のお迎えを待たずに、リビングに走ってきた。
「伊織!!」
「………おかえりなさい、彪仁さん…」
あまりの剣幕にびっくりしている伊織の元に、彪仁はまっすぐやってきた。
「伊織、大丈夫だったか?」
伊織の身体をしっかりと囲い、あちこちと触れて確認する。
「彪仁、あんたは少し落ち着きなさい」
翠が彪仁を窘めると、彪仁はその時、ようやく翠がいることを認識した。
「翠っ、何で連絡してこないんだ!」
「だって、私からできる報告はないもん。するわけないじゃない」
「あ゙!?」
「あの、彪仁さん?子供が、私たちのところに来てくれました」
伊織は、彪仁が翠にみるみる機嫌が悪くなっていくので、
思わずドキドキする間もなく勢いで、子供のことを告げた。
「………」
すると伊織を見つめたまま、彪仁が固まってしまう。
彪仁は一瞬、伊織の言葉が何のことか、理解できなかった。
いや、伊織が妊娠してるかもしれないと思い、
彪仁は翠に連絡を入れ、伊織のことを任せたのだが、
いざ、伊織から言われると、頭の中が真っ白になってしまった。
「彪仁?なに固まってるの?私が連絡入れなかった理由、分かった?」
「…」
「何よ!伊織ちゃんがおめでたかもしれないからって、私にその確認をさせたくせに!」
「えっ、そうなんですか!?」
今度は、伊織が驚いて声をあげる。
「そうよ?彪仁は伊織ちゃんの体調の変化に気づいてたの」
「そうだったんですね…」
翠の行動と、彪仁の剣幕の理由が分かり、嬉しく思う伊織の横で、
翠は、わざとらしい溜息をひとつ吐き、彪仁に恨み言を吐く。
「じゃあ、私は帰るから。二人でゆっくり話をしなさい。彪仁がこんなにポンコツだとは…はぁ……なんだ、つまんない」
ぶつぶつと呟き、電話を掛けると、紺野が迎えに来た。
固まる彪仁を残し、翠を見送るため、玄関まで行く。
「お母さん。これ、お父さんと食べてください。今日は、ありがとうございました」
「やった!彪仁のせいで忘れるところだった。彪雅さんに怒られる」
「ふふ、気をつけて帰ってくださいね。紺野さんも、ありがとうございました」
「はいはーい」
迎えに来た紺野と一緒に、翠は軽やかに帰っていった。
翠たちを見送った伊織は、キッチンで未だ固まっている彪仁の傍に行き、
今度は、伊織がそっと寄り添い、彪仁の身体を囲う。
ようやく意識が戻ってきた彪仁が、伊織を抱きしめ返した。
「彪仁さん、ありがとうございます。私、全然気づいてなかった……」
「ああ、悪かった。俺より翠がいいだろうと思ってな。連絡が来なかったから、何かあったのかと気が気じゃなかった…」
「ごめんなさい。お母さんが会社に行こうって言ってくれたんですけど、お仕事の邪魔しちゃいけないと思って…」
「大丈夫だ、伊織」
懐の伊織を抱く腕に、思わず力が入る。
伊織は、その彪仁の機微を感じて、
「彪仁さん、ありがとう。まだ全然実感がないけど、私も母親になれる…」
伊織は、心の底から嬉しかった。
そしてその心の裡を、そのまま彪仁に告げた。
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