虎穴12 虎に嫁いだ獲物 

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 準備が終わり、翠と二人で彪仁が帰ってくるまで待っていた。  すると、いつもの時間より少し早く、彪仁が帰って来たのだが、バァンッと玄関を勢いよく開け放ち、伊織のお迎えを待たずに、リビングに走ってきた。 「伊織!!」 「………おかえりなさい、彪仁さん…」  あまりの剣幕にびっくりしている伊織の元に、彪仁はまっすぐやってきた。 「伊織、大丈夫だったか?」  伊織の身体をしっかりと囲い、あちこちと触れて確認する。 「彪仁、あんたは少し落ち着きなさい」  翠が彪仁を窘めると、彪仁はその時、ようやく翠がいることを認識した。 「翠っ、何で連絡してこないんだ!」 「だって、私からできる報告はないもん。するわけないじゃない」 「あ゙!?」 「あの、彪仁さん?子供が、私たちのところに来てくれました」  伊織は、彪仁が翠にみるみる機嫌が悪くなっていくので、  思わずドキドキする間もなく勢いで、子供のことを告げた。 「………」  すると伊織を見つめたまま、彪仁が固まってしまう。  彪仁は一瞬、伊織の言葉が何のことか、理解できなかった。  いや、伊織が妊娠してるかもしれないと思い、  彪仁は翠に連絡を入れ、伊織のことを任せたのだが、  いざ、伊織から言われると、頭の中が真っ白になってしまった。 「彪仁?なに固まってるの?私が連絡入れなかった理由、分かった?」 「…」 「何よ!伊織ちゃんがおめでたかもしれないからって、私にその確認をさせたくせに!」 「えっ、そうなんですか!?」  今度は、伊織が驚いて声をあげる。 「そうよ?彪仁は伊織ちゃんの体調の変化に気づいてたの」 「そうだったんですね…」  翠の行動と、彪仁の剣幕の理由が分かり、嬉しく思う伊織の横で、  翠は、わざとらしい溜息をひとつ吐き、彪仁に恨み言を吐く。 「じゃあ、私は帰るから。二人でゆっくり話をしなさい。彪仁がこんなにポンコツだとは…はぁ……なんだ、つまんない」  ぶつぶつと呟き、電話を掛けると、紺野が迎えに来た。  固まる彪仁を残し、翠を見送るため、玄関まで行く。 「お母さん。これ、お父さんと食べてください。今日は、ありがとうございました」 「やった!彪仁のせいで忘れるところだった。彪雅さんに怒られる」 「ふふ、気をつけて帰ってくださいね。紺野さんも、ありがとうございました」 「はいはーい」  迎えに来た紺野と一緒に、翠は軽やかに帰っていった。  翠たちを見送った伊織は、キッチンで未だ固まっている彪仁の傍に行き、  今度は、伊織がそっと寄り添い、彪仁の身体を囲う。  ようやく意識が戻ってきた彪仁が、伊織を抱きしめ返した。 「彪仁さん、ありがとうございます。私、全然気づいてなかった……」 「ああ、悪かった。俺より翠がいいだろうと思ってな。連絡が来なかったから、何かあったのかと気が気じゃなかった…」 「ごめんなさい。お母さんが会社に行こうって言ってくれたんですけど、お仕事の邪魔しちゃいけないと思って…」 「大丈夫だ、伊織」  懐の伊織を抱く腕に、思わず力が入る。  伊織は、その彪仁の機微を感じて、 「彪仁さん、ありがとう。まだ全然実感がないけど、私も母親になれる…」  伊織は、心の底から嬉しかった。  そしてその心の裡を、そのまま彪仁に告げた。
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