3487人が本棚に入れています
本棚に追加
夜、いつものように、二人でベッドに入る。
伊織は今日の出来事を、彪仁にぽつぽつと報告する。
「今日は、朝からお母さんが突撃してきたんです」
「俺が翠に頼んだんだ。伊織が妊娠してるかもしれないから、ついてやって欲しいと」
「はい。朝から検査薬を握りしめて、まっすぐトイレに押し込まれました」
「そうか…そういったことが、俺ではよくわからないからな」
「そしたら陽性が出て、あっという間に病院で…」
伊織は、枕元のスマホからエコー写真を取り出し、彪仁に見せた。
「分かりますか?これ、ここの丸いのが私たちの子供です」
「まだ形が無いんだな」
彪仁は、エコー写真を眺めながら呟く。
「ふふ…まだ2ヶ月ですからね。これから形が分かってくると思いますし、そうしたら、性別もわかるでしょうね」
「そうか」
伊織を抱く腕に少し力を籠め、
「男でも女でも、伊織の子供は可愛いだろうな」
「んー…でも、容姿は私よりも、彪仁さんに似て欲しい…」
「どうして?」
「だって…私のパーツは『橘』の人たちに負けてます。お父さんもお母さんも、綺麗な顔立ちでしょ?」
「…」
「…でも、性格は『橘』に似てほしくない…」
「何でだ!?」
「だって、お父さんと彪仁さんは、狙った獲物は逃がさない『虎』だし、お母さんはもう、いろいろアレだし…。だから、体のパーツは彪仁さんで、中身は私なら言うことないなぁ…」
「伊織に似たら、チョロチョロといなくなるぞ?伊織は小動物みたいに素早いからな」
「ふふふ、いいじゃないですか。危機管理が出来てるってことですから…」
ぽつぽつと話していると、だんだんと伊織の意識が沈んでいく。
「伊織、今日は色々と心が動いて疲れただろう?眠れ」
「…そうですね。分かった時は、嬉しいというより不安が大きかった…。でも…お母さんのお陰で、その不安が半減しました…」
「そうか」
「……はぃ。だってお母さん、彪仁さんが帰ってくるまで、ずっと一緒にいてくれましたから…」
「翠も役に立ったな。今日だけは褒めてやる」
「………ふふ、偉そうです、あやとさん。だから、おかずを持って行って貰いました」
「そうか、翠には丁度いい報酬だな」
「……かわりばぇ、しませんんが…」
伊織の意識が沈んでいく。
やがて、いつものように、すーっと深く息を吐き、
「……………おやすみなさぃ、あやと、さん」
「おやすみ、伊織」
彪仁にか細く言葉をこぼし、そのまま深く眠りに落ちた。
伊織は、やはり疲れていたようで、抗うことなく沈んでいった。
彪仁は、伊織が不安になるだろうと、翠を伊織に張り付かせた。
案の定、妊娠が分かると狼狽えたようだった。
だが翠が何時ものように、沈む暇もなく振り回してどうにか落ち着いた。
ここでも感じる、紗栄子が残した、伊織の心の奥底にある拭えぬ澱。
普通は嬉しいと思うであろう妊娠。
これから暫くは、伊織が自分の中で昇華するまで注視する必要がある。
彪仁は、懐に愛しい伊織を抱き、静かな寝息を聞きながら、
やはり、子供を授かった事を、嬉しく思うのだった。
最初のコメントを投稿しよう!