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翌日、伊織はいつものように、朝から家事に勤しんでいた。
「彪仁さん、おはようございます。起きてください」
「…ん、伊織」
「はい。おはようございます」
「………っ」
彪仁は、伊織がいつものように動き回っていることに、思わず飛び起きた。
「伊織、おまえ…」
「えっ、どうしましたか?」
「もしかして、いつものように家事をしてるのか?」
「はぁ、しましたけど…」
彪仁は、何ということをという顔になった。
「あの、彪仁さん?」
「伊織、子供がいるのに、動き回るとは…。今日から家事をすることは許さん。じっとしてろ」
「は?いや、むしろ適度に動かないと…」
「ダメだ」
ここから、堂々巡りの喧嘩が始まる。
「だから…妊娠は、病気では無いんです。確かに妊娠初期は、気をつけないといけませんが、普通に動く分には問題ないんです」
そう伊織が説明しても、何を言っても、彪仁はダメだの一点張り。
困った伊織は、おもむろにスマホをタップする。
数回のコールの後、相手の応答があった。
"はいはーい、伊織ちゃん"
「お母さん、起きてましたか?おはようございます。朝早くからすみません」
"大丈夫。私も伊織ちゃんぐらい早いから"
「そうですか。あの、ちょっと困ったことがあって…」
伊織と翠の電話は、しばらく続き、くるりと伊織が彪仁に振り向くと、
自分のスマホを無言で彪仁に差し出してくる。
「…?」
何が何だかわからずに、スマホを受け取り応答すると、
"彪仁、あんたは伊織ちゃんを殺す気か!!!!!"
離れて聞いている伊織にも聞こえる大音量で、彪仁に翠の雷が落ちる。
「…っ」
怯んだ彪仁に、翠はさらに畳みかける。
"いい?伊織ちゃんは、あんたなんかよりも、私よりも、妊婦さんに詳しいの"
「…何で分かるんだ」
"伊織ちゃんのそもそもの本業は何?"
「…家政婦」
"家政婦って、ただ家事をするだけじゃないのよ?その家の家族の病歴や趣味嗜好なんかに合わせて家事をするの。食事から時には薬の管理まで。だから、妊婦さんの悪阻にも当然対応する。だから、伊織ちゃんはちゃんと分かってるわよ。それなのに…"
「…」
"彪仁のその浅はかな知識で、伊織ちゃんを困らせるな!! 彪仁が心配しなくても、私が伊織ちゃんがオーバーワークにならないように、うまいことコントロールするから。彪仁は口出し無用"
「…」
"彪仁、返事!!!!!"
「……………わかった」
"いい?伊織ちゃんには、動かないことがストレスなんだから。わかったら、伊織ちゃんに代わって"
散々に翠から怒られて、彪仁は伊織にスマホを渡した。
「はい、お母さん」
"伊織ちゃん、彪仁には言っておいたから、もう言わないと思う。その代わり、私が伊織ちゃんをしっかり管理するからね?"
「ふふ、はい。それは、いつもと変わりませんから」
"そうだね。でも伊織ちゃん、分かってるだろうけど、無理しないように、適度に動きなさい。彪仁が心配するから"
「はい、分かっています。無理はしません。ありがとうございました」
そう約束して、伊織は翠との電話を終えた。
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