虎穴12 虎に嫁いだ獲物 

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 翌日、伊織はいつものように、朝から家事に勤しんでいた。 「彪仁さん、おはようございます。起きてください」 「…ん、伊織」 「はい。おはようございます」 「………っ」  彪仁は、伊織がいつものように動き回っていることに、思わず飛び起きた。 「伊織、おまえ…」 「えっ、どうしましたか?」 「もしかして、いつものように家事をしてるのか?」 「はぁ、しましたけど…」  彪仁は、何ということをという顔になった。 「あの、彪仁さん?」 「伊織、子供がいるのに、動き回るとは…。今日から家事をすることは許さん。じっとしてろ」 「は?いや、むしろ適度に動かないと…」 「ダメだ」  ここから、堂々巡りの喧嘩が始まる。 「だから…妊娠は、病気では無いんです。確かに妊娠初期は、気をつけないといけませんが、普通に動く分には問題ないんです」  そう伊織が説明しても、何を言っても、彪仁はダメだの一点張り。  困った伊織は、おもむろにスマホをタップする。  数回のコールの後、相手の応答があった。 "はいはーい、伊織ちゃん" 「お母さん、起きてましたか?おはようございます。朝早くからすみません」 "大丈夫。私も伊織ちゃんぐらい早いから" 「そうですか。あの、ちょっと困ったことがあって…」  伊織と翠の電話は、しばらく続き、くるりと伊織が彪仁に振り向くと、  自分のスマホを無言で彪仁に差し出してくる。 「…?」  何が何だかわからずに、スマホを受け取り応答すると、 "彪仁、あんたは伊織ちゃんを殺す気か!!!!!"  離れて聞いている伊織にも聞こえる大音量で、彪仁に翠の雷が落ちる。 「…っ」  怯んだ彪仁に、翠はさらに畳みかける。 "いい?伊織ちゃんは、あんたなんかよりも、私よりも、妊婦さんに詳しいの" 「…何で分かるんだ」 "伊織ちゃんのそもそもの本業は何?" 「…家政婦」 "家政婦って、ただ家事をするだけじゃないのよ?その家の家族の病歴や趣味嗜好なんかに合わせて家事をするの。食事から時には薬の管理まで。だから、妊婦さんの悪阻にも当然対応する。だから、伊織ちゃんはちゃんと分かってるわよ。それなのに…" 「…」 "彪仁のその浅はかな知識で、伊織ちゃんを困らせるな!! 彪仁が心配しなくても、私が伊織ちゃんがオーバーワークにならないように、うまいことコントロールするから。彪仁は口出し無用" 「…」 "彪仁、返事!!!!!" 「……………わかった」 "いい?伊織ちゃんには、動かないことがストレスなんだから。わかったら、伊織ちゃんに代わって"  散々に翠から怒られて、彪仁は伊織にスマホを渡した。 「はい、お母さん」 "伊織ちゃん、彪仁には言っておいたから、もう言わないと思う。その代わり、私が伊織ちゃんをしっかり管理するからね?" 「ふふ、はい。それは、いつもと変わりませんから」 "そうだね。でも伊織ちゃん、分かってるだろうけど、無理しないように、適度に動きなさい。彪仁が心配するから" 「はい、分かっています。無理はしません。ありがとうございました」  そう約束して、伊織は翠との電話を終えた。
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