虎穴12 虎に嫁いだ獲物 

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 電話を切って伊織は、彪仁に視線を向けると、彪仁が盛大にヘコんでいた。  伊織は、少しだけ可哀想だったなと思い、きゅっと抱き着いた。 「彪仁さん、ごめんなさい」 「…」 「でも、ありがとうございます。彪仁さんに心配かけないように、細心の注意を払って」 「…わかった。もう言わない。だから、無理だけはしないでくれ」 「はい。支度をしてください。朝ごはん、食べましょう」 「ああ」  伊織は、そう言って彪仁の頬をするっと撫でて、  彪仁が愛おしく思う、可愛らしい笑みを向けた。 □◆□◆□◆□  そんな伊織だったが、その日から悪阻が始まり、何も食べられなくなった。  更に、ご飯の匂いにも吐き気がしてしまい、家事が全く出来なくなった。  困った伊織は、迷わず翠に連絡を入れる。 「……おかあさん、すみません…あの」 "つわりが始まった?分かった。すぐに行くから"  そう言って翠は、すぐに来てくれてた。 「伊織ちゃん、大丈夫?」 「お母さん、ごめんなさい。朝からも少し胸やけっぽくて…それに気づいたら、何だか匂いの何もかもを受け付けなくなって…」  そんな伊織に翠は、泊まり込みで伊織の世話をかってでる。 「伊織ちゃん、謝らない。こんなの当たり前なんだから。妊娠が分かった途端に始まったね。安定期に入れば落ち着くだろうから、それまでしっかり耐えて?」 「…………はぃ」  伊織がこんな状態なので、当然炊事ができる訳もなく、  彪仁は、その間は本家で済ませていた。  伊織はご飯すら食べられなかったけど、一つだけ食べられるものがあった。  それは、金色の橋のロゴの、バーガーショップのフライドポテト。  ただのフライドポテトではなく、ポテトだけを伊織は受け付けた。  今日も、彪仁はバーガーショップの紙袋を片手に帰ってきた。  それを翠は受け取り、彪仁を風呂場に直行させる。 「彪仁、お風呂の準備はできてるから、先に」 「ああ、わかっている」  彪仁は、帰ってくるとまず風呂場に直行する。  それも、悪阻が始まってすぐ、伊織から、 「彪仁さん、インクの匂いが辛い…」  そう言われ、伊織に近づけなくなったため、  仕事が終わり帰ってくると、まず風呂場に直行するようになった。  風呂から上がって、ようやく伊織の様子を見に行けるのだ。 「おかえりなさい。彪仁さん」 「ただいま、伊織。気分は?」 「お察しの通りです。すみません。今日もありがとうございました」 「謝らなくていい。大丈夫だ」  伊織は、ポテトをすべて食べ終えて、歯磨きをすると部屋を出た。 「伊織ちゃん、大丈夫?」 「はい。さっき食べたので、歯磨きしようかと…」 「そ、伊織ちゃんの悪阻も面白いね。受け付けるのがポテトだけなんてね」 「ふふ、そうですね。でも食べられるものがあるだけで…」 「そうだね。私の悪阻の時は、あの風船に入っているアイスしか食べれなかったのよ…」 「え、この辺にありますか?かなり珍しいですよね?最近は…」 「うん。当時はネットスーパーなんて、便利なものは無かったから、みんなに広範囲に買いに行ってもらってた。あの風船しか食べれなかったから、探すのに苦労したよ。今はすぐに買えるけどね」 「……お母さんも、独特」  翠との話を終えて、鏡の前でシャコシャコと歯を磨く。  歯磨き粉も今までのものが使えなくなり、  試行錯誤して、塩入りの歯磨き粉に落ち着いていた。  伊織の悪阻はそれからしばらく続き、彪仁の買い物も毎日続く。  そして、苦しい苦しい悪阻がようやく終わりを迎えた。 「あ…匂いが気にならない」 「ホント?」  伊織は安定期に入りようやく、普通の生活ができるようになった。
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