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「めちゃくちゃ咲いてる!」
暑さも干潮の様に引いてきた夏の終わりに、僕達は近所の向日葵畑で写真撮影をしていた。
僕が昨日プレゼントした中古のインスタントカメラを大事そうに抱えて、風花は麦わら帽子を手で抑えながら走り回っている。モンシロチョウが何匹も快晴になった青空の元で飛び回り、僕の肩に舞い降りた。
「風花、これ撮ってくれないか?」
「私、写真家だから。好きじゃない物も、私の審美眼が認めない物も撮りません!」
「えぇ……昨日なったばかりじゃん……」
謎の拘りで断られて苦笑すると、風花は手でマイクを持つフリをして僕の口の前に差し出した。
「夏が終わるけど、今の気持ちはどう?」
「……別に。何にも思わないけど」
真顔でそう答えると「素直じゃないなあ」と楽しそうに僕の頬を細い人差し指でツンツンと刺してくる。爪が若干尖っていて痛い。
風花は僕の幼馴染かつ唯一の友達で、この人とその他全てを天秤にかけられてどちらか一方を選べと言われたら、嫌な顔をしながら風花を選ぶ位には好きだった。
……僕達の関係は所詮『仲良し』止まりだ。
何回もこの淡い恋心を伝えようとした。だが花火の音に声が掻き消されたり、水族館で海月の居る水槽に指先を吸いつかせる彼女に見蕩れて機を逸したり、何かと失敗続きだった。
「風花は今年の夏、どうだった?」
「車に轢かれかけた事しか覚えてないなあ」
「……それ、初めて聞いたんだけど」
「この世の終わりみたいな顔するからすぐには言いたくなかったんだよ。蒼太、心配性だから」
困った顔をしてはにかむ風花は、色々な事を一人で抱え込んでしまうタイプの人で、何か大変な事があってもすぐには教えてくれない。大抵全てが解決した後で過去の笑い話にしてしまうのだ。
僕は今日、風花にお呪いをかける。
未来の彼女の思い出の一欠片になれる様に、大変な時は一番に頼ってくれる人になる為にどうしても伝えなければいけない。
この日の為に僕は百個の作戦を立ててきた。この場所をセッティングしたのも僕だ。向日葵の様な君に相応しい場所で、と思うのはただの身勝手な我儘だけど。
飲料水を喉に勢い良く流し込んで呼吸を整える。
澄んだ空気が僕の背中を押してくれている。
頭から爪先までもう風花の事しか考えられない。
「あ、あの……」
「何?」
いつも通りの微笑んだ顔。それなのに息が詰まった。頭の中の九十九個の作戦はバラバラに崩れ果てて、何も考えられなくなる。
たった一つだけ残った世界一陳腐な言葉。
熱に浮かされたまま、必死に唱える。
「……大好きです」
僕は下を向いて目を瞑る。華の無い言葉を聞かされてきっと困惑している筈で、風花の顔なんてとてもじゃないが見れなかった。吐息にすら熱が籠って頭が沸騰しそうになる。
「こっち向いて」
僕は生まれて初めて、夏が終わる事を憎んだ。
こんな艶やかで美しい表情に頭が溶かされてしまうのを、夏の暑さのせいに出来ないなんて。
風花はカメラのシャッターを切って、その場で現像された写真を見せる。今にも泣きそうな僕の顔がドアップになって、彼女に笑われる。
「馬鹿みたいな顔!」
腕が手繰り寄せられて、風花の花唇が額に触れた。
「素晴らしい夏になったねえ」
「風花、僕がここで何するか知ってたな?」
「……まあ、あんなに肩の力入ってたら流石にね」
自信満々の笑みを見せられて、僕が彼女の掌で踊らされていた事に今更気付いた。今度は両腕を掴まれて、グルグルと二人で回る。宇宙遊泳を体験している様な多幸感を毎秒感じて、情けないけどやっぱり泣きそうになる。
「超成功って感じ!」
「なんか釈然としないな……」
「ねえねえ、次は何処に行こっか?」
僕達はそれから時間が許す限り色々な所を巡り歩いた。バスも時々使いながら、遠くまで。
インスタントカメラは色々な物を撮った。
魚が泳ぐ様な優雅さで、綺麗な物をただその大きなレンズに写した。
野良猫。ちょっと大きいパフェ。白雲。
商店街。黒色の廃車。半月と線香花火。
その全部に、僕も写っていた。
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