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白でも黒でもなく、グレーでもないもの
この世にはいいのか良くないのか、わからないことがたくさんある。
俺が特に強く思うのは、家族みんなで認知症のじいちゃんの面倒をみているときだ。
朝ごはんを食べ終わったじいちゃんが、ゆっくりと立ち上がって笑顔で居間から出ていこうとする。
「お父さん、まだデイサービスのお迎えの時間には1時間半あるわよ! 座っときなさい!」
ばあちゃんが言うと、じいちゃんは突然恐ろしい顔になってお決まりのセリフを繰り出す。
「うるっせーなっ! そんなことわかっとる! トーイーレ! 俺はトイレに行くんだよっ!」
この儀式がデイサービスの職員さんがお迎えに来てくれるまで、10分おきに行われる。
きっと、デイサービスの職員さんが迎えに来てくれるのが待ちきれないんだ。ウキウキして居ても立ってもいられないんだけど、それを知られたくないんじゃないかな。
隠そうとして「トイレ!」って言ってるの、家族全員にバレてるよ。
じいちゃんは毎朝7時には外出着に着替えて帽子を被って、やけに良い姿勢でピシッとソファに座っている。
ちなみにこれはデイサービスのある日バージョンのやり取りだけど、デイサービスのない日はショックでふて寝するらしい。
ばあちゃんは毎朝怒っている。
「家が嫌いだったら、デイサービスに住んだらいいのよ!」
母さんも怒っている。
「良太郎さん、デイサービスのお迎えの時間になったらお知らせするから座っとって!
白い黒板に『今日のお迎えは8:20です』って書いてあるじゃん! 今は7時!
あ、カバンと帽子は居間に置いて行って! おトイレで使わないでしょ!?」
持ってトイレに行くと、途中でどこかにしまいこんでしまい、みんなで探しまくるはめになるのだ。そして、びっくりするようなところから出てくる時がある。
姉のみさきは落ち着いてのんびりした口調で言う。
「じいちゃん、デイサービス楽しみだね~」
俺はイラついている。毎朝、このやり取りを聞くのは疲れるのだ。
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