プロローグ RJNO

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バルカン半島 M国  木々の間から漏れる僅かな月明かりが、雪を被る白い大地を照らしている。呼吸をする度に呼気は白く染まり、凍てつく空気が気道から肺にかけてほのかな痛みを伴う。  狼は腹を空かせていた。ここ数日、まともに獲物にありついていないのだ。普段は鹿、兎等に大して目もくれない人間達がこの森で野生動物を大量に獲っていた。あろうことか狼に対してさえ、その矛先が向けられていたのだ。彼女は生まれながらにして捕食者である。人間に狙われる側になるなど、かつて一度もなかった。人間達はこれまで狼の領域を侵すことはなく、狼もまた、わざわざ人間の領域になど行きはしない。相互に不可侵であるという関係がある種の共生関係を生んでいた。    ………なんだ?  生肉の臭いがする。嗅いだことのある臭いではない。それと共に人間の臭い。それも多数。ところどころ血の臭いもしている。  …行ってみるか。  臭いの感じはかなり近い。近づくにつれ、大量の生肉がある事が解った。もう数日何も食べていないのだ。多少のリスクは許容しよう。  雪の冷たさが肉球を通じて伝わる。痛いが、飢えと疲労と獲物を見つけた喜びと興奮が痛覚を大幅に鈍らせた。
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