陰の実力者

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陰の実力者

 部屋に入ってきたロベールは、私が食卓でトミーたちと食事をしていることに驚いている。そして、母親の前で恥ずかしかったのだろう、「デイ…」と言いかけてから言い直した。 「マーガレット様、どうして?」 「デイジー!」 「えぇ?」 「だから、デイジー!」 ※マーガレットの愛称は『マーゴ』、『マギー』や『デイジー』などです。  ロベールは愛称で呼ばれないことに私が怒っていることに気付いた。 「ごめん、デイジー」とロベールは申し訳なさそうに言った。 「今度、マーガレット様と言ったら、あなたのことをロバート(Robert)と呼ぶわよ?」 「だから、ごめんって!」 「分かればいいのよ」 ※Robertは英語でロバート、フランス語でロベールです。 「それで、こんな時間にどうしたの?」 「あぁ、あの事件のことがいろいろ分かったの。解決するのを手伝ってほしいんだけど」 「それはいいんだけど。どんな感じなの?」 「ここだと話しにくいから……」 「じゃあ、食事の後に僕の部屋で聞くのでどう?」 「構わないわよ」 ――ふぅ……この時がきた……  今の私にとって事件の話は口実に過ぎない。  私とロベールが付き合っているかを確認すべく、私は気持ちを切り替える。  そして、私は初めて入る男性の部屋を少し意識した。 ***  食事の後、私とロベールは別室に移った。ロベールの部屋だ。  家には何度も来ているが、この部屋には初めて入った。 ――ここがロベールの部屋か……  机の上に本が置いてあって、壁際にベッドがある。以上!  想像していたよりも何もない。  ミシェルから聞いた男の子の部屋には好きなアイドルのポスターが貼ってある。水着が多いそうだ。そして、ベッドの下には……  私はしゃがんでベッドの下を覗こうとした。 「ちょっと! デイジーなにしてるの?」 「見せなさいよ! 何かあるんでしょ?」 「ないよ……」  私はベッドの下を確認する。が、何もなかった。 「何もないわね……」 「言っただろ? 僕はあまりモノに執着がないからね」 「まぁ、いいわ……それで、本題に入る前に……」  私はロベールを真っすぐに見つめる。そんな私を見て、ぎこちなく笑うロベール。 「ここに座ればいい?」  そういうと、私はロベールの部屋のベッドに腰かけた。ロベールも私の隣に座った。  違法薬物の話をする前に、私にはやるべきことがある。  そう、『私とロベールは付き合っているのか?』を確認すること。 「ねえ、ロベール。確認なんだけど……」 「なに?」 「私たちって、付き合っているのよね?」 「えぇっ? 付き合っているような、付き合っていないような……」 「どっち?」 「付き合っているような……気がする。デイジーはどう思ってるの?」 「私? 私は、付き合っていると思っているわ」 「じゃあ、僕たちは付き合っている」 「そうよ、私たちは恋人同士。これからは、家でも学校でも私の恋人として振舞うのよ」  ロベールは照れながら「分かったよ」と言った。  よし! これでミシェルの付き合っていない疑惑は晴れた。  次に、私はミシェルに言われたことを思い出す。 ――恋人同士はキッスするのよね……  このまま帰ったら、ミシェルに「付き合っているのにキスしたことないんですか?」とバカにされそうな気がする。  私とロベールの距離は約50センチ。私はドキドキしながらロベールの方へ近づいていく。 ――40センチ……30センチ……もう少し……  そして、私とロベールの距離が20センチ…… 「ロベール、お茶が入ったわよー」 ――ぐぬぅぅぅぅう……  邪魔が入った……  私は精一杯の笑顔でロベールの母親に「ありがとうございます!」と伝える。  機を逸した私。しかたないから、お茶を飲みながら違法薬物の件を説明することにした。 「例の違法薬物の件をフィリップに調べさせたのだけど……」と、私はシュミット子爵家が関係する違法薬物の密輸取引についてロベールに説明した。  話を聞いたロベールは「それで?」と私に聞いた。 「密輸した違法薬物の受け渡しは明日の夜。そこにシュミット子爵が現れる可能性があるから、私はシュミット子爵とマフィアを捕まえに行こうと思ってる」 「危ないよー。そんなのは警察に任せておけばいいんじゃない?」 「ダメよ。公爵令嬢として、ヘイズ王国の治安は私が守るの。ヘイズ王立警察は連れて行くけどね」 「そうはいっても……」  私を説得しようと考えるロベール。でも、私が言いだしたら聞かないことは分かっている。そこで、私はロベールに問う。 「私が心配だったら、一緒に来てもいいのよ?」 「まぁ、そうだね」 「そうって何? 何か不満でも?」 「分かったよ……一緒に行くよ」 「そう、私が心配なのね?」 「心配というより……デイジーが一人だと、諸々が危ないからさ……」 「諸々が危ない?」 「だって、シュミット子爵とマフィアが大人しく捕まってくれればいい。だけど……」 「だけど?」 「大人しくしなかったら、やりすぎるでしょ……」 「やりすぎる? 誰が? 何を?」 「だから、デイジーがイライラして上級魔法をぶっ放す……とか?」 「まぁ失礼ねー。そんなことしないわよ」  ロベールは適切な言い回しを考えている。そして、言葉を選んで私に提案した。 「僕に作戦の提案があるんだ」 「どういう作戦?」 「シュミット子爵とマフィアが暴れたら僕が何とかする。僕が実行部隊だ」 「へー。じゃあ私は?」 「デイジーは全体の指揮と後方支援というのはどうかな?」 「えー、嫌だ! 私の出番がないでしょ」 「でもさ、実行部隊に指示して悪者を懲らしめるんだから、陰の実力者みたいでカッコよくない?」 ――陰の実力者……  悪くない響きだ。公爵令嬢の私を象徴する表現かもしれない。  上手く丸め込まれたような気もするが、私はロベールの作戦に合意した。 「まぁ仕方ないわね。それでよくってよ」  とにかく話はまとまった。 「細かい手順は明日の放課後、ヘイズ王立警察で打合せをするから一緒に来て」 「分かった。じゃあ明日ね」  私は明日の約束をしてからロベール宅を後にした。  ロベールが「家まで送るよ」と言ってくれたから、飛行魔法で私の屋敷まで一緒に帰った。  ロベールは飛行魔法が得意じゃない。でも、その分、私はロベールと一緒にいられる時間が増える。  夜のデートもいいわね。 ***  違法薬物の輸入を止めさせないとスラム街の状況がもっと酷くなる。ヘイズ王国の治安、貧困層対策のためには最優先で動かないといけない。  さらに、シュミット子爵とマフィアを捕獲できれば、その手柄はロベールのものになる。  私がお膳立てしてロベールの手柄にしても、きっとロベールは喜ばない。  今回はロベールが自主的に違法薬物の密輸犯を捕まえようとしているのだから、手柄を喜ぶはずだ。  全てはシュミット子爵家を潰し、ロベールを子爵にするため……  でも、これはロベールには内緒。
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