行くべき?

1/1
前へ
/19ページ
次へ

行くべき?

 経験豊富そうな大学生にあからさまに口説かれて、僕は一気に熱くなってしまった。それと同時にやっぱり僕はこんな場で行きずりの相手とエッチな事なんて出来そうもないと分かってしまった。 僕は心臓をドキドキさせながら申し訳ない気持ちで言った。 「…すみません。僕今日はそんなつもり無くて。ただゲイの自分が出せる場所に来たかっただけなんです。」 そう正直に言うと、目の前の大学生は明らかに残念そうな表情を浮かべて薄く笑って、元居た席に戻って行った。僕はホッとしたのか、それとも一夜の相手に割り切って飛び込めない自分にがっかりしたのか分からない、複雑な気持ちで苦笑するとカクテルに手を伸ばした。  「ペースが早過ぎじゃ無い?カクテルって強いからゆっくり飲まないと。」 同じカウンターの二つ向こうに座っていた、年齢の近そうな私服の男が僕にそう声を掛けて来た。それから声を顰めて囁いた。 「さっきの奴、ヤリチンだから断っても全然大丈夫だから。ほら、もう他の奴見つけたから。」 そう視線を流されて、釣られる様に目をやれば、さっき僕を口説いた大学生が他のサラリーマンの腰を抱いて店を出て行くところだった。本当にサラリーマンが好きなんだな。僕は何となく状況の展開が早過ぎて、やっぱり飲んでしまった。  喉を焼く感覚に目を見開くと、さっき声を掛けて来た身綺麗な男が隣に座り直していた。 「こんばんは、俺トオル。あんたさ、全然慣れてないでしょ。初めて来たって感じだもんね。経験は…、ありそうだけどね。俺は結構この街には来てるんだ。でもこの店は良いよ。ねー、ママ。ママが厳しいから、客もマナーが良くてさ。飲むだけでも楽しい店なわけ。 俺、失恋したばかりで、やっぱりその気になれないから、最近飲んでばっかり。」  いきなりトオルという名前の男の情報を提示されて、僕は自分も色々言わなくちゃいけない気持ちになっていた。お酒も入っていたせいで、思わず口も軽くなっていたんだろう。 「僕、ずっと自分の性嗜好が男だってのは気づいてたんです。でも実際だからってどうして良いかなんて勇気も出なくて。いい加減寂しい気がして…。最近知り合いが同じ嗜好だって知って、ちょっと手解き受けて、今日は思い切って前から来たかったこの街に来てみました。 …こういう事言える場所って、安心するっていうか。…良いですね。やっぱり。」  僕がそう言ってママとトオルに微笑むと、トオルは優しげな顔を緩ませてママに言った。 「可愛いね、こんな可愛いサラリーマン、この店に置いといたらまずくない?あ、名前は?本名じゃなくても良いけど。」 僕はその時、なぜかあの名前を名乗った。ミコトって。本名は言いたく無かったし、ミコトはバーチャルの存在だったし、今の僕は生身だった。だから何となくミコトだと名乗ってしまった。 「へえ、ミコトね。OK、よろしくね、ミコト。俺はトオルだからさ。今日は飲もう。ね?」  優しいトオルはきっと受けなのかもしれない。僕自身は受けだと感じていたので、仲間を見つけた様で嬉しかった。それに攻めだと、何となくターゲットになる気持ちで緊張してしまう。実際さっきの大学生には緊張してしまった。 それから僕はママやトオル、他の常連客らと楽しく会話をして飲んだ。自分がそんなにお酒に強く無いことも自覚していたのに、僕は楽しい時間だったせいもあって、気づけば立ってられないくらいフラついてしまう。  「ミコト、大丈夫?あーあ、こんなに飲んじゃって。この町で潰れたら危ないよ?しょうがないな、俺のウチ来る?タクシー乗れば直ぐだからさ。」 そうトオルに抱えられて、僕は素直に頷いた。トオルは最初から優しくて、僕のこの街のデビューを歓迎してくれていた。それに彼はきっと同類で僕を組み敷くことも無いという安心感があったんだ。  でもそんな事は僕の世間知らずな事だったって、酔った頭ながらぼんやりと感じていた。僕は知らない部屋で、抵抗も碌に出来ずにトオルにのしかかられていた。 「ミコトはさ、俺のこと受けだと思ってたでしょ。実際はね、俺はどっちも派なの。結構多いんだよ、両刀使いって。知らなかった?流石に処女じゃ可哀想だけど、ミコトは手解き受けたことあるんだよね?じゃあ、しても良い?俺も無理矢理は嫌だし。どうする?」  僕はトオルとしても良いのかダメなのか、全然判断できなかった。さっきから隼人の顔は浮かんで来たけれど、トオルは無理強いしようとはしなかったから、どこかで絆されてしまったのかもしれない。 僕が頷くと、トオルは嬉しげに僕にキスして来た。丁寧なキスはトオルの優しい物腰にも似ていて、僕は自分からもキスを返した。口の中をなぞるトオルの舌使いは僕が慣れたものとは違って、でも焦らす様な動きは経験豊富に感じた。 ひとしきりキスを続けた後、トオルは顔を引き剥がして自分の唇を舌で見せつける様に舐めて言った。 「…一緒にお風呂入って準備しよっか。」 ★『お隣さんは僕のまたたび〜両片思いの功罪』更新しました♡
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

140人が本棚に入れています
本棚に追加