天罰

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天罰

 僕は一人駅に向かいながら、始発が動き出した、まだ朝とも夜とも言えない空気の中トボトボと歩いていた。結局、僕はあの優しげなトオルと寝た。トオルは思った通り優しかったし、身体を重ねても嫌な感じも無かった。 でも終わってみれば、これはどこか間違っているとしか思えなかった。付き合っている訳でもない隼人さんとたった一度寝た自分が、こんな風に感じるのもおかしな話かもしれない。 でも自分はこんな風に初めて会った相手と、その場だけの関係を割り切って楽しめる人間ではないと分かってしまった気がする。一方で隼人さんとの関係も、なんの約束もないのだと苦笑するしか無かった。  自分で始めた事なのに、結局僕はそれに絡め取られている。もうやめなくちゃ。残り1ヶ月指導ペアは残っているけれど、もう個人的に会うのは辞めよう。 経験出来て嬉しかったし、ありがたいと思ったのは本当だ。けれど、これ以上一緒に過ごしたらもっと苦しくなるのが見えている。僕は隼人さんが好きなんだ。それに身体を合わせるのは、好きな人とじゃなきゃ虚しいって今回身に染みた。  トオルはまた会おうって言って来れたけど、見送ってくれた玄関で僕は何も答えられなかった。またあの店に行けば会ってしまうから、もうあの店にも行けないな。結局僕は以前と変わらない、孤独に引きこもる事になるんだろうか。 そんな事を考えながら明るくなった空を見上げてアパートに辿り着いた。ポストを無意識に確認すると、一通の手紙が入っていた。郵便でもないその白い封筒には封もしておらず、僕は嫌な予感がして、でもそれを部屋に持ち込みたくなくてその場で開けた。  SNSにあげたミコトの画像をコピーしたものが一枚入っていた。僕は一瞬息が出来ない気がした。でも以前隼人さんに言われた事を思い出した。 万が一家を突き止められた場合、もしミコトの関係者じゃ無かったら、変なものを受け取っても共有のゴミ箱に捨てるはずだって。動揺している姿を見られたら、やっぱりミコトだと疑いが濃くなるはずだと。 僕は顔を強張らせながら、あの時のシュミレーション通りに封筒を握り潰すと共有のゴミ箱に捨てた。ゴミ箱にミコトのあられも無い姿を残すのは恐ろしい気がしたけれど、あくまでも僕はミコトではないのだから、関係ない。  周囲を見ない様にしながら、僕はエレベーターに乗って自分の部屋まで急いだ。手紙を入れた相手は僕の部屋番号を知っていた。それは酷く恐ろしかった。長い共有廊下には誰も居なくて、只々ホッとした。 震える手で部屋の鍵を開けると、急いで部屋に飛び込んだ。玄関の鍵とチェーンを掛けて、僕はへたり込んだ。心臓がバクバクいって、変な汗が出てくる。 怖かった。正体の分からない相手が、僕をミコトだと突き止めて接触してきたという事なのだから。どうしてバレたのか分からないし、住所が知られているのが本当に恐ろしかった。  僕はスマホを出して、片桐チーフの名前をスクロールした。隼人さんは出張先で泊まってくると言ってたからまだ眠っているだろう。連絡など取れない。僕は息を吐き出して、この自業自得の展開に少し笑った。 大丈夫だ。僕は洸太であって、ミコトでは無いんだから。 僕は昨日の爛れた痕跡を振り払う様にシャワーを浴びた。僕が一晩男を漁って寝た事を、隼人さんに知られたくないと思った。渡されたトオルの名刺は必要なことしか書いてなくて、その小慣れた様子に、一体あの場所では健全な出会いなど有るのだろうかと顔を顰める事しか出来なかった。  そう考えたら、隼人さんとの出会いは遥かに健全だったのかもしれない。会社の同僚で。少なくとも僕はゆっくり人となりを知って隼人さんを好きになった。 でも僕はトオルと安易に寝てしまった。後悔してもその事実は覆ることは無いんだ。トオルと寝ることを選んだのは僕自身だった。考えても堂々巡りになるこの事から目を逸らそうと、僕はもうひとつの問題に取り組む事にした。  スマホのミコトのSNSを開くと、相変わらずのコメントが並んでいた。先週はアップしなかったせいで、体調悪い?と心配するコメントが並ぶ一方で、やめないでねと妙に勘の良いコメントが幾つかあった。 この人達だろうか。前回会った時に隼人さんがチェックして削除したので空っぽだったDMが5つ届いていた。届いても2~3つだったDMの多さに、僕は嫌な予感がして、でも見ないでは居られなかった。  隼人さんと個人的に会わないのなら、こんな事も自分で何とかしなくちゃ。恐る恐る開いたDMは同じ人物のアカウントから4つ、別のアカウントから一つ届いていた。 「ミコトに会いたくて死にそう。」 「ミコトって本当は淫乱でしょ?」 「ミコト返事ください。お願いします!」 「ミコト愛してる。後ろから××して、泣かせてやるから。」 思わずゾッとする様な同一人物のDMはそれでも僕のポストにアレを入れる様な感じでは無かった。  もう一人のアカウントを開いて、文字を目にした僕は思わずスマホをラグの前に放り出した。 「ミコト愛してるよ。ミコトの本当の姿を知っているのは私だけだ。メッセージは気に入った?」 カーテンを締め切った部屋でぼんやり光るスマホに浮かび上がる文字に、僕はゾッとしてスマホから後ずさった。そうすればあのポストに投函された手紙の現実が無かったことになるんじゃないかと思って。
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