夏の終わりに、前を向く

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「律はさぁ。こんなところで何してんの?」  お互い同級生だってわかってからの僕らは、徐々に打ち解けて話ができた。  最初っから距離の近い樹と違って、打ち解けるのに時間がかかったのは主に僕だけど。 「アブラゼミが、見たかったんだ」 「は? 蝉?」 「そう。僕の家の近くじゃ、あんまり見なくて。クマゼミばっかりで。だから……」 「へぇ。そんなもん? でもさ、蝉見るなら朝の方がいいよ。涼しいから」 「朝? もっと早くってこと?」 「もちろん! 朝飯より前だって」  話ながら、樹の目が輝いていくように見えたのは僕の勘違いじゃないよね。  後ろから近づいてくるような嫌な予感。 「律、寝坊すんなよ」  嫌な予感っていうのは、何でこんなにもばっちり当たるんだろう。  どうせなら良い予感の方がいいのに。 「寝坊……」 「何? 起きんの苦手? そしたら、寝ててもいいよ。起こしてやるから」 「え? え? まさか、一緒に行くの?」 「違うの? 見たいんじゃねぇの?」  確かに、アブラゼミを見たいって言ったのは僕だ。   「ぼ、僕独りで大丈夫だから」 「なぁんだ。つっまんねぇ」  分かりやすく不服そうな顔をした樹には申し訳ないけど、そもそも他人と約束したことなんてない。  小さい頃は友達の母親同士が連絡を取り合って遊んでた。  そのうちに、習い事が忙しくなって、誰からも誘ってもらえなくなって。  クラスの中で僕だけが浮いてて、その辺の石ころみたいに意識もされなくて。 「ごめん……」 「別にいいよ。でもさ、どこに行けばたくさん見れるか知ってんの?」 「ここじゃ、ダメなの?」 「ここでもいいけどさぁ。俺、もっといるところ知ってるよ」 「どこ? 教えて?」 「律は独りでもいいんだろ?」  そういうことか。教えてもらうなら、一緒にって。  何で? 何で、僕にこんなに構うんだろう。 「教えてよ。い、一緒に行くから」   「やりぃ。そしたら明日! 里中さん家に行けばいいの?」 「う、うん」 「じゃあ、迎えにいくからな」  そう言って樹が走り出した。  いつの間にか雨は止んで、水溜まりに太陽が反射して煌めいて。  幻のような時間。  まるで夢の中の物語。  僕が誘われるなんて。  それに、僕が応えられるなんて。  明日なんて、来ないかもしれない。  
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