夏の終わりに、前を向く

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「転入生の、里中 律君です」  これからクラスメイトになるはずの同級生の、目という目が僕を見てる。  大丈夫。  今だけ。  そのうち、また石ころになるから。 「さ、里中 律です」 「り、りつぅ?!」  樹……やめて。 「何? 樹、知ってんの?」 「おう。夏休みにさ、一緒に遊んだんだ」 「マジ? 何して?」  いつの間にか、転入生の僕よりも注目される樹。 「ごめんなさいね。このクラス、こんな感じなのよ」  僕の隣に立ってた担任の先生が、本当にすまなそうにした。 「朝はマジで驚いた。転校してくるって、決まってたの?」 「ううん。また、逃げてきちゃった」  放課後、鞄も何もかもを持ったまま、僕は樹に捕まった。  引きずられるようにして、たどりついた大けやきの下。  当たり前のようにその枝に座って、数日前と同じように空を見た。 「もうさ、逃げたって言うなよ」 「でも……」 「律はさ、逃げたんじゃなくて、自分で決めて来たんだろ? 選んで来たんじゃん」  家に帰れば、お母さんが僕を見る顔は既に諦めてて、目線の先に弟がいた。  僕に向けられてた熱量は、今度は弟が引き継ぐのかな。  逃げ出す前よりも居場所のなくなった僕に、お父さんがこっちで暮らすことを提案してくれて。 「選んで?」 「そう! 塾に行かないことも、受験しないことも、転校することも。律が選んだんだろ?」  逃げたんじゃなく、選んだ。  そんなふうに思いもしなかった。  流されるまま流されて、嫌になって逃げ出した。  そう思ってた。 「そうかな」 「そうだよ!」  印象的な樹の白い歯が、僕の行為を認めてくれる。  逃げたんじゃないよって、そう言ってくれる。  道から逃げたんじゃない。  自分で道を描いた。  あんなに聞こえていたノイズは、もう聞こえない。  自宅で、もう一回と唱えた夏の日々は戻ってこない。  繰り返したい夏に思いを馳せて、その終わりに前を向く。  夏はもう終わる。  赤とんぼが飛び始める。  僕は次の季節へ進む。  
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