なりきり人魚とビニールプール

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話が少し飛んでしまったので元に戻そう。 まさか人魚になりたい私の乙女チックな繊細な心までは汲み取ってはいないだろうが、母はこんな水泳好きの私のために、毎年夏休みになると庭でプールを設営してくれていた。 黄色い空気入れの青いチューブをビニールプールに繋ぎ、段々と膨らんでいく様を眺めているのは、とても幸せで嬉しいものであった。 「夏休みが始まる」「プールで遊べる」「人魚の練習ができる」などと、私の気持ちは期待感や高揚感といったもので溢れ、みるみるとビニールプールのようにパンパンに膨れあがっていった。 水を溜め、いよいよ庭でのプールが始まると色んな遊びをした。 何秒水中で潜っていられるか研究したり、潜った際にビニールプールの側面に描かれたカラフルな魚のイラストを指でなぞって観察したり、歳の離れた妹と水かけっこして遊んだりもした。 中でも気に入っていた遊びは、鼻を摘み、体を仰向けにして水中から青空を見上げることだった。 肉眼では眩しくて直視できない空も水の中では不思議と眺められ、雲一つ一つも捉えることができた。 ゆらゆら動く水の中に青空が存在するような、普段は味わえない景色が見えるのも愉快だった。 もちろん人魚になりきって泳ぐことも忘れてはいない。 わずか数10cmほどしか深さがないビニールプールの底を海底に見立て、反時計回りに飽きもせず泳いだ。 残念ながら人魚に似合うようなフリルつき水着などは購入してもらえず、プライベートでもスクール水着で遊ぶしかないのが貧乏くさくて不満ではあったが、毎日せっせとプールの準備と後始末をする母にそれ以上無理な要求は、子供心ながらに申し訳無い気がして言えなかった。 何はともあれ、毎日のように人魚になれる機会があるのをそれなりに想像力で補い、楽しんでいたのだ。
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