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彼女は川の中腹あたりを指差す。
そこは他よりも流れの速くなっている場所で、水は透明なはずなのに底は見えなかった。
「泳ぐの苦手なんだけど」
「じゃあ遊びには来れないかなあ。潜水もしなきゃだし」
「潜水って何分くらい?」
「往復で100分」
「あ、無理かも」
女の子の家に遊びに行くのがこんなに過酷だったとは。「そうだよねえ」と隣に立つ水川は苦笑する。
「ごめんね」
川のせせらぎに彼女の寂しそうな声が乗る。
その声には、きっと彼女はこの台詞を初めて言うのではないんだろうと思わせる響きがあった。
「あ、そうだ。せっかく来てくれたしお土産取ってくるね!」
「へ?」
取ってくるとは、と考えた矢先、水川は制服のままザブザブと川へと入っていく。
そして音もなく全身を水の中に沈めたかと思うと、今度は大きな音を立てて水面から飛び出してきた。
全身水浸しの彼女はその細い両腕で収まりきらないほどの大きな魚をしっかりと抱えている。
「はい、ここの川の主!」
「マジか」
「塩焼きにすると美味しいよ?」
前髪から水を滴らせながら、にっこりと水川は笑う。
彼女の腕の中でぴちぴちと暴れている新鮮な主と目が合ったので僕はすぐに逸らした。
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