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「ふーごちそうさまでした。美味しかったあ」
「そりゃよかった」
水川は満足そうな表情を浮かべて再び布団に戻った。まだ熱は下がらなさそうだが、ひとまず食欲があるなら風邪の治りも早そうだ。綺麗に空になった器を盆の上に置く。
体温計を差し出すと「ありがと」と布団から手だけが伸びてきて受け取った。
「いやあ懐かしかったなあキュウリ粥。風邪ひいたらお母さんがいつも作ってくれてたんだよね」
「川の中でも火って使えるんだ」
「そりゃあ色んな技術があるからね。河童の歴史すごいんだから」
「確かに昔から語り継がれてるイメージあるな。え、もしかして水川めっちゃ長生きだったりする?」
河童がどのくらい生きるのか知らないが、そういう妖の類は人間よりもかなり寿命が長いイメージがあった。しかし水川は首を横に振る。
「ううん。私は河童ダブルだから人と同じで百年くらいしか生きれないと思う」
「ダブル気に入ったんだね」
「お母さんは二百年以上生きてるみたいだけど」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「うん。だからお父さんと付き合うのも結構苦労したみたい。私もよくお母さんに言われるんだ。半分は人間だからお母さんほどじゃないけど、やっぱり大変だよって」
そこでふと彼女の顔に影が差したように見えた。息も少し乱れていて、また熱が上がってきたのかもしれない。
それでも浮かされるように水川は喋り続ける。
「そりゃそうだよね。河童と人間じゃ色々ちがうもん。家の場所もそうだし、この風邪もたぶんそう」
「風邪も?」
「うん。久利くん、河童って冬のイメージある?」
「あ、いや……ないかも」
確かに河童が冬の冷たい川から出てくるイメージはなかった。
それでも日本に四季はある。夏が終わったら秋が来て、そのあと冬がやってくる。
じゃあ河童って冬は何してるんだ?
「冬眠するんだよ。寒さに弱いから」
水川はさも当然のように答えを差し出した。
けれどその表情は、あの日小川のほとりで見たものと同じだった。
「だから夏が終わったらしばらく会えなくなるの。最近は秋も短いしさ」
ころんと頭だけを転がして、水川は僕と目を合わせる。透き通る水面のように潤んだ瞳に僕が映りこむ。「ごめんね」と彼女の唇が動いた。
頭の中で川のせせらぎが聞こえる。
「ほんと、日本が常夏ならよかったのにね」
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