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 何を言っているのかよくわからなかった。  僕が呆然としている間にも、水川は次々と言葉を紡いでいく。 「たまに考えちゃうんだ。カップルって楽しいイベントがいっぱいあるのに、私じゃおうちデートもクリスマスパーティもできない。年越しも初詣も一緒に居れないし、一年の四分の一は連絡も取れない。久利くんが彼女とやりたかったことが、私と付き合ったせいでできなくなるんじゃないかって」  その清流のように滑らかな語り口は、まるで何度も何度も推敲したような、幾度となく自問自答を繰り返した末の言葉だった。  本当に、彼女はずっとこのことを気にしていたんだろう。   「私は、久利くんを不幸にしてるんじゃないかなあって」  水川は口を噤む。二人の間に静寂が訪れた。  不安に揺れる瞳でこちらの様子を窺いながら僕の答えを待っている。  僕は短く息を吸った。それから口を開く。 「結構おいしかったんだよな」  きょとんと彼女は目を丸くした。さっきまでの暗鬱とした表情は消え去る。  その隙を突くように僕は畳みかけた。 「確かに水川の言うとおり、彼女が出来たらやってみたいことはたくさんある。リスト化してあるくらいだ」 「リスト化?」 「僕の夢と希望の詰まった『恋人とやりたいこと100選』はついに300ページを突破した」 「もう書籍じゃん」 「今日も『自室で彼女の看病をする』という項目にチェックがついた」 「いやだもう帰りたい」  寒気でもするのか、水川はぶるぶると身体を震わせた。安静にしてほしい。 「でも、川の主の塩焼きはリストに入ってなかった」  彼女の震えがピタリと止まる。熱を孕んだ視線を受け止めながら僕は言葉を繋げた。 「キュウリ粥も、外来種の脅威も、山奥にあんな綺麗な小川があることも知らなかった」  河童と人間は色々ちがう。そんな二人が付き合うのは大変だ、という言葉も理解できる。 けど彼女と過ごした時間は僕の世界を大きく拡げてくれた。 「水川と付き合ったせいで僕が不幸になるとか正直よくわかんないんだよ」  彼女の家に入れないからって。  クリスマスを一緒に過ごせないからって。  夏が終われば会えなくなるからって。  それがなんだ。  ベッドに横たわる恋人の目を見つめた。川底のような深い色の瞳を眺めながら、改めて思う。    ──君の半分は人間で、もう半分は河童で。  そんなの最高じゃないか。 「水川が付き合ってくれたおかげで、僕はダブルで幸せなんだからさ」
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