それは零れるしずくのような

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それは零れるしずくのような

「なぜこんなになるまで・・・」 まるで泣きそうな表情でつぶやく九国さんを見ていると、自分が酷く悪いことをしたような気持ちになり、思わず顔を背けた。 「お嬢様が私を気晴らしに、と思われたお気持ちは本当に嬉しいです。でも、そのためにお嬢様がばつの悪い思いをしたり、苦痛を感じるくらいであればそれは私にとってとても・・・とても辛いことです」 「でも、私はそれでも一緒に街を歩いてみたかった。一緒にお洒落なカフェへ行ったり服を選んだりしたかった」 「私もぜひそうしたいです。また足が治ったらぜひご一緒してください。今は・・・帰りましょう」 自分のかかとの出血を見てしまったら、もうやせ我慢も出来そうに無かった。 私は九国さんの言葉に頷くしかなかった。 「さぁ、どうぞ」 そう言って九国さんは私の前に背中を見せてしゃがみ込んだ。 「え!いいよ・・・そんな、恥ずかしい」 「大丈夫です。もう薄暗くなってきているので人も少ないですから。大通りに出てタクシーを捕まえようと思っているので、それまで我慢してください」 心が弱っているとき、この人の声はなんでこう抗えなくなるんだろう。 私は言われるままに背中に乗った。 すると、女性とは思えないほどの力強さで、九国さんは軽々と立ち上がりそのまま歩き出した。 九国さんの背中に身体を預けながら、香水だろうか・・・そのほのかな甘い香りに張り詰めていた心が緩むのを感じた。 この人はいつでも優しく賢くて正しい。 この人が私だったら、きっと学校でも上手く過ごせてるんだろうな。 誰とも仲良くできて、成績も良くてスポーツ万能で、顔も綺麗だから友達も沢山出来ているはず。 私は自分の事を考えた。 容姿も十人並みで、成績も中の中くらい。運動は・・・考えたくも無い。 そして何より・・・ そこまで考えたとき、私は自分の口から勝手に言葉が零れるのを感じた。 「私・・・友達がいないの」 九国さんはまるで聞こえていないかのように変わらず歩いている。 口に出したことを少しだけ後悔したが、一旦零れると溢れそうになる言葉はもう留められなかった。 「『張りぼてのお嬢様』この前、クラスの子がそんな陰口を言ってるのを聞いた。小学校の頃からずっとそうだった。みんな私といると最新のゲームや有名なお菓子があるから仲良くする。でも、そんな軽い楽しみが終わったらさよなら。深いところで私を求めてくれる人は居なかった。悩みを相談しようとしても、軽くかわされた。助けになろうとしてもお金が関わらない事は当たり障り無く拒絶された。なんでなんだろう・・・ずっと考えてたけど、ようやく分かったの」 私はそこで言葉を止めた。 九国さんにこんな自分を見せたくなかったのに。 私って何でこう馬鹿なんだろう・・・ でも、ここまで言ったら全て話したい。 彼女なら。彼女になら全て知ってもらいたい。 「張りぼてと言っていた子達に私、カッとなって面と向かって聞いたの。そしたら、彼女たちこう言った『あなたは何でもお金で解決しようとするじゃない。いつも薄っぺらい言葉で場を仕切ろうとするし、あなたと居ると引き立て役感が凄いの』って。薄っぺらい事ばかりだから張りぼて・・・上手いこと言うわね」 私は笑おうとしたが、声が詰まって上手く出てこない。 「私って、そんなに薄っぺらいかな?だから友達がいないのかな?私の家がもしお金持ちじゃ無くなったら誰も居なくなっちゃうのかな・・・」 言いながら自分が涙声になってしまい、上手くしゃべれなくなっている事に惨めさを感じた。「私、お金が無いと誰も居てくれない・・・」 「私がいます」 九国さんはそう言った後、続けた。 「『張りぼてのお嬢様』ですか。私はちっとも上手いとは思いませんでした。その方達はエスパーなのですか?それともお嬢様を24時間一挙手一投足監視されてるのですか?その上でそう言ってるなら話しは別ですが、せいぜい学校の数時間程度。コミュニケーションだけで見るなら多くて1~2時間。そんな程度の情報量でお嬢様の器を全て知った気で・・・笑っちゃいますよね」 「九国さん・・・」 「私に言わせれば、そんな程度の浅い見方しかできないその人達こそ張りぼてだと思います。引き立て役?それはその人がお嬢様の魅力に負けてるから。ならなぜ、あなたに負けないような個性や魅力を出さないのか。お金で解決?私に言わせると家の財力も容姿や想像力、知力体力と並ぶ才能です。いずれも生まれ持って運命から与えられた贈り物。それに妬むのは、勝負の前から負けを認めるような物。・・・負け犬です。薄っぺらい言葉?ではその人たちはさぞ心の琴線に触れる説得力のある言葉を常時生み出せるんですね。たいした天才集団ではないですか。ただ、確実なのはその人たちはお嬢様のように、言葉を尽くしてその場を引っ張ろうと言う気概はない臆病者と言うこと」 私は目から涙があふれ出すのを止められなかった。 湧き上がるような感情をどうにも出来なくて、九国さんの背中に顔を埋めるとそのまま声を殺して泣いた。 「お嬢様。今日は本当に楽しかったです。有り難うございました。良ければここからは私にお付き合いして頂けると嬉しいのですが」 「え・・・九国・・・さんに」 涙声のため上手くしゃべれなかったが、必死に次の言葉を出した。 「も、もちろん!ぜひ・・・」 「有り難うございます。ではもうすぐ大通りに出るので、タクシーに乗りましょう。ご案内します。私のとっておきの場所へ」
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