1、あの頃と今と

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真瀬さんは、この若さで大企業の部長という肩書きがついていて、なおかつルックスが良い。 百八十センチに届くか届かないかの身長に、学生時代は水泳に青春を捧げてきたというだけあって、スーツの上からでもわかるガッチリとした体躯。お顔だってどこぞの二枚目俳優のように整っている。 性格だって、面倒見が良くて社交的で、それ故フリーの今、社内外問わず割と各方面から狙われているほど。 彼の恋愛遍歴について詳しく聞いたことはないけれど、でも、そんな憂いを帯びた表情でそんなことを呟くってことは、多分真瀬さんは今までの人生で、まだそういう人には出会えていないってことなのだろう。 かく言う私も高校時代の初恋が静かに散った後、大学時代に一人、二十四歳の時に一人お付き合いした方がいたけれど、例えば二十四歳の時の彼に、もし仮に〝オレと結婚して仕事を辞めて海外転勤についてきて欲しい〟と言われたとして。 そうしたいと思えるほどの彼に対する情熱が、当時の私にあっただろうか。 ……いや、多分なかったと思う。 二年付き合って、そのうち一年は同棲までしていたのに、他に好きな人が出来たと言われて「それなら仕方ないね」と、思ったよりもすんなりと別れを受け入れられてしまったくらいなのだから。 となると、私も真瀬さんと同じく、まだそういう人には出会えていないということになるな。 「……真瀬さん。大丈夫です、今は人生百年時代ですから。気長に探しましょう!」 「ふは……っ!おま、フォローの仕方が雑過ぎない?どんだけ見つからない前提なのそれ」 小さく吹き出した真瀬さんが、おかしそうに肩を揺らしながら無事フォークに巻きつけ終わったナポリタンを口に運ぶ。 「えー、それは……、」 〝まぁ真瀬さんの頑張り次第じゃないですかねー〟と言おうとした私は、不意に耳に流れ込んできた店内のBGMに耳を奪われ、一瞬フリーズしてしまった。
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