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佐藤って男
九月も半ばになると、夏休み明けの独特なだるさも徐々に慣れてきた。
水曜日の体育館の半面はバドミントン部が使える日だ。俺もそれに参加するために教室で着替えて向かうと、ちらほらと集まってきている部員の中にすでにラケットを振るやる気に満ちた部員いた。
「あれ、佐藤じゃん」
「よー」
振り返った佐藤は一度ラケットを振るのを止めて、こっちに手を振った。
佐藤は同じ部活で、教室も隣だからたまに話すけどそんなに仲がいいわけでもない。それにうちのバド部は結構緩くて、校則のためにとりあえず入部しているものも多い。毎日参加しているやつだって大会で優勝するとかより、体を動かすことが目的のやつがほとんど。
佐藤は部員の中でもたまに参加する、いわゆる幽霊部員側だ。そのたまに来るときだって、ゆるーく遊んで帰ってる感じだったが。今日はどうしたんだろうか。
「珍しいな。なんかあった?」
「あー……」
俺の考えていることがわかったのだろう、佐藤も少し気まずそうだ。俺は別にやる気があるときだけ一生懸命するのもいいと思うけど。特にこのゆるゆるバド部だし。
特に理由を求めてはいなかったのだが、佐藤は言い訳をするように口を開いた。
「近所の女の子と仲いいんだけどさ」
「おー?」
このくらいの、と示された身長を見るに小学校低学年くらいの子か。
「夏休みにその子の運動会を応援しに行ったらめっちゃ喜んでくれて。だから次は俺の応援する! って言われたんだけど、うちの体育祭は終わっただろ?」
「うち五月だもんな」
その小学校は夏休みの間に運動会があったらしい。しかも最近の気温の高さを鑑みて、市民体育館を借りて行われたと。うちの体育祭も室内がいいな。そしてその子は佐藤の応援の甲斐あってか徒競走も一位だったと。自分のことではないのに佐藤は自慢げだ。
いろいろ話題が脱線しつつその子の話をする佐藤を見ていると、今までの印象とかなりギャップがあった。いつもマイペースな感じで、いい意味で適当な感じだと思ってたけど、兄弟でもない子の運動会に応援しに行ってあげるタイプなんだな。意外だった。
「だけどどうしても応援したいって駄々こねられて、ついバドの試合があること言っちまったんだよ」
「十月のやつな」
「そしたらめちゃくちゃやる気になっちゃって、絶対応援行くから勝ってねって」
仕方なく言ってしまった、なんて態度をとっているが佐藤の表情は嬉しそうなのが隠しきれていない。ふむ。……あー、そうか。
「つまり?」
「見栄を張るために練習しに来ました……」
「ははっ!」
佐藤は正直だった。決まり悪げにラケットを弄ぶ。これも今まで俺が知っていた佐藤の姿とは違っている。ぜんっぜん部活来てなかったのに、勝ち負けに必死になったりしなさそうなのに、その子のために勝とうと練習としている。佐藤、印象が変わったどころかおもしろすぎる。
「そんなに笑うな……」
「わ、悪い悪い。でも馬鹿にしてるわけじゃないから」
「ほんとか?」
「ほんとほんと」
誰かのために頑張ろうとする、俺はそういうの好き。笑いを収めて佐藤の肩を叩く。
「じゃあ、今日の部活の間は俺がみてやるよ」
「いいのか?」
「相手がいたほうがいいだろ? それに俺だって今年から始めたけど、佐藤よりは練習してるし」
「たしかに」
これで佐藤のほうがうまかったからどうしよう、と思いつつ、コートの反対側に回って、ネットを挟んで佐藤の向かいに立つ。
「よし。じゃあ佐藤打ってくれー」
「おー」
俺の声を合図に、佐藤が打った羽はゆるやかな弧を描いてこちらに向かってくる。そのまま高度が下がって――ネットにあたった。羽は佐藤側のコートに、ぽとりと落ちた。
「……」
「……」
俺たちの間になんとも言えない空気が漂う。生ぬるい風が窓から流れた。
佐藤がネットに近づいて羽を拾う。その表情は、いたって真剣に振ったはずのラケットがどうしてこんな結果を起こしたのかわかっていないようだった。
「あー……。まあ、とりあえずサーブからだな……」
「……おう」
まじめに頷いているが、佐藤の晴れ舞台まであと一か月もない。いけるのか? 俺が不安になってきた。
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