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いつの間にか陽はとっぷりと暮れ、あたりは真っ暗になっていた。
ここはどこだろう。
走っていった方角からしたら、三坂の方ではないか?
小河には、丸ごと一つの集落が打ち捨てられ、人の住まなくなった古い家々だけが残っている区画があった。三坂とか、単に坂と呼ばれているその場所は、昔は逆の字を当てていたらしい。
おそらくは今、そのあたりを走っているはずなのだが――今は真夜中で、よくはわからない。
私はあたりを見回して、位置がわかるような手がかりを探した。
目立った看板も何もないが、ふと、遠くで明かりが灯っているのを見つけた。
人が住んでいる?
廃墟しかない三坂に?
その瞬間、私は急に言いようのない不安に駆られた。
誰かがここに住んでいる。それも、かなりの数だ。誰が? 一体誰がこんな崩れかけの廃屋に?
私はさっきまで自分で考えていた魚子のことをふっと思い出した。
幽霊。
背筋がほんのりと冷えるのを感じた。
「真木くん、」
背後から急に声をかけられて、私は小さく悲鳴を上げた。自分史の中で三本の指に入るほど情けのない声だった。反射的に自転車のブレーキを握っていたようで、ギッという音を立てて自転車が軋んだ。
「こんな時間にどうしたんだ。」
その声には聞き覚えがあった。みるみるうちに、緊張がほどけていく。
「……イスカ先生。」
「もう八時だぞ。」
「先生こそ、どうしたの、こんなところで、」
「どうしたって、」
先生は困ったように眉を下げながら笑った。
「私はここに住んでるんだ。ただの散歩だよ、」
「でも、」
住んでいる? 三坂に?
先生は相変わらず困ったように私を見つめていた。その目を見ているうちに、ふと、なんだか頭の中が霧に包まれたような、ぼんやりとした感覚に襲われた。
たぶん、こういう事は深く考えない方がいいのだ。「具合でも悪いのかい?」という先生に、私はなんでもないと答えた。そうだ、なんでもない。
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