二.

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 いつの間にか陽はとっぷりと暮れ、あたりは真っ暗になっていた。  ここはどこだろう。  走っていった方角からしたら、三坂(みさか)の方ではないか?  小河には、丸ごと一つの集落が打ち捨てられ、人の住まなくなった古い家々だけが残っている区画があった。三坂とか、単にと呼ばれているその場所は、昔はの字を当てていたらしい。  おそらくは今、そのあたりを走っているはずなのだが――今は真夜中で、よくはわからない。  私はあたりを見回して、位置がわかるような手がかりを探した。  目立った看板も何もないが、ふと、遠くで明かりが灯っているのを見つけた。  人が住んでいる?  廃墟しかない三坂に?  その瞬間、私は急に言いようのない不安に駆られた。  誰かがここに住んでいる。それも、かなりの数だ。誰が? 一体誰がこんな崩れかけの廃屋に?  私はさっきまで自分で考えていたのことをふっと思い出した。  幽霊。  背筋がほんのりと冷えるのを感じた。 「真木くん、」  背後から急に声をかけられて、私は小さく悲鳴を上げた。自分史の中で三本の指に入るほど情けのない声だった。反射的に自転車のブレーキを握っていたようで、ギッという音を立てて自転車が軋んだ。 「こんな時間にどうしたんだ。」  その声には聞き覚えがあった。みるみるうちに、緊張がほどけていく。 「……イスカ先生。」 「もう八時だぞ。」 「先生こそ、どうしたの、こんなところで、」 「どうしたって、」  先生は困ったように眉を下げながら笑った。 「私はここに住んでるんだ。ただの散歩だよ、」 「でも、」  住んでいる? 三坂に?  先生は相変わらず困ったように私を見つめていた。その目を見ているうちに、ふと、なんだか頭の中が霧に包まれたような、ぼんやりとした感覚に襲われた。  たぶん、こういう事は深く考えない方がいいのだ。「具合でも悪いのかい?」という先生に、私はなんでもないと答えた。そうだ、なんでもない。
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