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「先生はよく散歩してるの、」
「まあ、天気が良ければね。でもそれは大人だからしているのであって、真木くんみたいな子供が出歩くような時間じゃないよ。危ないし、ご両親が心配する。早く帰りなさい。」
いつもの先生だった。まるでこの間のことなどなんでもなかったようだった。恐らく私に気を使って、わざとそう振る舞ってくれているのだろう。
私も可能な限り平気な素振りを、傷ついていない風を装い続ける必要があった。顔を上げ、先生の目を見る。
優しく潤んだ目。私の大好きな先生そのものであった。
「べつに俺、今日は友だちと飯食べて帰るって言ってあるから、まだ帰らなくていい。このままもう少し外にいるよ、」
「まったく、」
先生は生徒を叱る前のようにため息をひとつついた。
「きみは変なところがお父さんに似てしまったな、」
そのため息すら愛おしい。あんなふうに拒絶されてもまだ、この人のことを嫌いにはなれなかった。
間の悪いことに、私はうっかり腹を鳴らしてしまった。そういえば、カラオケ終わりのたこ焼き以来何も口にしていない。
「お腹をすかせているのかい。仕方のない子だね。なにか食べに行こう。食べたい物はあるかい」
いらないよ、と答えるつもりだったが、腹の音が鳴り止まない。仕方なく、先生についていくことにした。
先生は私を自分のアパートのそばに案内し、駐車場に自転車を置かせてくれた。アパートは多少年季が入っていたが、他にも人が住んでいるようで、間違っても廃墟などではなかった。
先生は車を出して、見たことのない定食屋に連れて行ってくれた。
民家の間にひっそりと佇んでいて、店の屋根は古く崩れかかっている。
店内は天井や壁に豆電球のような小さな明かりが無数についていて、随分と古い水着を着た女のポスターが貼ってあった。
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