25人が本棚に入れています
本棚に追加
「誤解しないでほしいんだ。真木くんのことが、嫌いになったわけじゃない」
「……わかってるよ、」
「きみが男なのがいけないわけでもない。……その、なんていうか、私も、そうだから。」
カウンターの向こうで、仏頂面の店主がちらりとこちらを見た気がした。
「ただ……その、」
煮えきらない態度に、私もだんだん腹がたってくる。
「先生、わかってるよ。先生が俺のこと傷つけないように、色々気を遣ってくれてるの。でも、お願いだからあんまり優しくしないでよ。勘違いするから」
「……すまない、」
「ほら、そうやってすぐ謝る。」
私は箸をおいた。喉の奥で豚肉がつっかえている感触があった。
「先生は俺のこと、恋人として見れないっていうことだろ。それでいいんだよ。それ以外のことをどう聞かされたって、言い訳にしか聞こえないよ。何言われたって……虚しくって……、」
両手で顔を覆う。うっかり、涙か豚肉が出てくるかもしれないから。
「……幽霊になりたい、」
自分の手のひらに向かって、そう呟いた。
「幽霊になれば、こんな煩わしい気持、残らず消えるのに、」
「……幽霊か。」
先生はどこか残念そうな声色で言った。
「そうだね。君だけじゃない。生きていれば誰もが幽霊になりたいと思ってる。でもなってみればわかる、どっちでも同じことだって。」
まるで幽霊になったことがあるかのような口ぶりだ。
私は顔を上げ、じっと先生を見た。
先生は死んだ。
ノートの言葉が脳裏をよぎる。
死んだ?
先生は死んだ?
今日まで何度も繰り返したその疑問が、今ようやく何にも遮られず、まっすぐに私に問いかけてきた。首をぐるりと取り囲むあの赤い跡は、ひょっとして。
先生は、魚子なんじゃないのか。
私と先生はしばらく見つめ合った。その目。優しく揺れるその目は、一度死の淵を見たのではないか。
だが、先生がそれ以上幽霊について詳しく語ることはなかった。
「お腹いっぱいだね。そろそろ帰らなきゃ、」
先生は何でもないように勘定を済ませた。
最初のコメントを投稿しよう!