二.

6/11
前へ
/61ページ
次へ
「誤解しないでほしいんだ。真木くんのことが、嫌いになったわけじゃない」 「……わかってるよ、」 「きみが男なのがいけないわけでもない。……その、なんていうか、私も、そうだから。」  カウンターの向こうで、仏頂面の店主がちらりとこちらを見た気がした。 「ただ……その、」  煮えきらない態度に、私もだんだん腹がたってくる。 「先生、わかってるよ。先生が俺のこと傷つけないように、色々気を遣ってくれてるの。でも、お願いだからあんまり優しくしないでよ。勘違いするから」 「……すまない、」 「ほら、そうやってすぐ謝る。」  私は箸をおいた。喉の奥で豚肉がつっかえている感触があった。 「先生は俺のこと、恋人として見れないっていうことだろ。それでいいんだよ。それ以外のことをどう聞かされたって、言い訳にしか聞こえないよ。何言われたって……虚しくって……、」  両手で顔を覆う。うっかり、涙か豚肉が出てくるかもしれないから。 「……幽霊になりたい、」  自分の手のひらに向かって、そう呟いた。 「幽霊になれば、こんな煩わしい気持、残らず消えるのに、」 「……幽霊か。」  先生はどこか残念そうな声色で言った。 「そうだね。君だけじゃない。生きていれば誰もが幽霊になりたいと思ってる。でもなってみればわかる、どっちでも同じことだって。」  まるで幽霊になったことがあるかのような口ぶりだ。  私は顔を上げ、じっと先生を見た。  先生は死んだ。  ノートの言葉が脳裏をよぎる。  死んだ?  先生は死んだ?  今日まで何度も繰り返したその疑問が、今ようやく何にも遮られず、まっすぐに私に問いかけてきた。首をぐるりと取り囲むあの赤い跡は、ひょっとして。  先生は、魚子なんじゃないのか。  私と先生はしばらく見つめ合った。その目。優しく揺れるその目は、一度死の淵を見たのではないか。  だが、先生がそれ以上幽霊について詳しく語ることはなかった。 「お腹いっぱいだね。そろそろ帰らなきゃ、」  先生は何でもないように勘定を済ませた。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加