25人が本棚に入れています
本棚に追加
店を出て煙草を一本だけ吸うと、先生は私を車で送ってくれるといってくれた。私は断ったが、きみになにかあったら私が責められる、と、半ば強制的に送ってくれることになった。自転車は先生の古い軽ワゴンのトランクになんとか収まった。
車の中で、先生は小さく「私も叶わぬ恋をしたことがある」と呟いた。
「今も忘れられない。もう二十年経っているのにね、」
「……そう。」
二十年といえば、先生がまだ高校生だった頃だ。
私の父と同じ、高校生の。
フォグランプが深い霧を照らし、その深海のような世界を車は奥へ奥へと走っていく。
「忘れられないだけ? それとも、今も好きなの」
「どうかな、」
ハンドルを握り、フロントガラスの向こうを見つめながら、先生は低く消えそうな声で言った。
「永らく、好きだと思っていたよ。でも、ある日突然、その気持ちが思い出せなくなる日が来る。」
「……なんで、」
「なんでだと思う、」
赤信号の手前で車は止まった。対向車はなく、道はただ、先生の車のヘッドライトだけで煌々と照らされていた。
先生の言葉の真意がわからなくて、彼の方を向いた。
先生もまたこちらを向いていた。
その腕が、私の背へ回される。
そのまま抱き寄せられ、唇が重なる。私は反射的に目を閉じた。
最初のコメントを投稿しよう!