疑心

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――アブダクション?  過去、真木はこの話で大学の同期生たちから散々からかわれてきた。 ――UFOで連れ去られて記憶操作でもされたんじゃね?  十九の歳に故郷を出て大学のそばで下宿するまで、真木は年に一度だけ記憶喪失になることがおかしなことだとは思っていたが、疑問を抱いたことはなかった。  真木の故郷――小河と呼ばれる里では、住む人はみな、十月の記憶がなかったからだ。  時期が始まる頃には学校から〈注意! 霧が晴れるまで大事な事柄は必ず記録を取ろう〉というプリントが配られたし、学校も塾も一斉に休みになる。電車は止まり、道路も閉ざされ、ごく限定的な物流の車のみが出入りできるだけ。毎年それが当然のように行われていたので、それが全国区かどうか疑ったことがなかった。  大学進学とともに初めて小河の外に出たとき、それが誰にでもあることではないと知って衝撃を受けた。そのときから真木のあだ名はになったし――ちょうどその頃、親しくしていた級友の一人がXファイルマニアだったのだ――また、真木はその話を誰かにすることを止めた。 「じゃあひょっとして、先週の記憶もない? 先週までちょうど十月でしたけど」 「いえ、故郷を出てからはそういったことはなくなりました。……あそこで暮らしていた十八年間だけなんです。十月の記憶が消える事象が起こったのは、その時だけ。あの場所でしか起こらない。――おかしな話ですよね、」  長く、真木の中で封印していた話だった。  小河のことはあまり人に言わない方がいい。それは母からもたまに聞かされていたことだった。  それが故郷を出て二十年も経った今、この明道という初対面の男の前で再びその話をしようとしている。 「……先生も、何を言っているんだとお思いでしょう」 「まさか。僕の求めていた話ですよ。もっと聞かせてください。それと先生はやめてくださいよ。同級生でしょう。明道くんと呼んでくれて構いませんよ。僕も真木くんって呼ぼうかなぁ」 「はあ……」
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