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家にはまだ灯りがついていた。
車から降り、自転車を下ろしていたところで、父が姿を表した。父は岩みたいな顔で眉間にシワを寄せ、いつものように私を萎縮させる顰め面をしていた。
「真木、お前今何時だと思ってるんだ、こんな夜更けに……」
「別に、ちょっと十時超えたぐらい、いいじゃん。」
「またそういう口を、」
その続きを言う前に、父は言葉を止めた。
車から出てきたイスカ先生を、父は驚いたような、そして侵入者を拒むような表情で見ていた。
その表情は、どうみても昔の同級生に向けるような顔ではなかった。
「……イスカ、送ってきたのか、」
「真木くんが近くを走っていたから、乗せてあげたんだよ。」
「そうか、ありがとう。」
父の顔は笑ってはいない。〈ありがとう〉などとは微塵も思っていないような言い方だ。
先生もまた、なにか哀れなものを見るように目を細めて父を見た。
二人は試合前の格闘家みたいに、お互いを睨み合っていた。じっと、じっと。
「……じゃあ、おやすみ、」
父がなにか言いかけるのを躱すようにして先生は身を翻し、車に戻った。赤いテールランプがぱっとあたりを照らし、車はすぐに山道の奥の闇へ吸い込まれていった。
玄関に戻ると、靴を脱ぐ直前に父が振り返った。
「真木。」
説教が始まると思って身構えた。が、
「お前、何もされなかったか、」
「え?」
父の言葉は私の予想の横を通り抜けていく。
「あいつから……イスカから、何もされなかったか。」
「何もって、なに、」
父の両手が私の肩を掴む。強い力だった。若い頃父の喧嘩自慢を聞かされていたので、私は反射的に身体をこわばらせた。
「知らないのか、あいつがどんなやつなのか。男に手を出すんだぞ。なあ、身体を触られたりだとか、変なことは何もされなかったか。」
肩を掴む手で私を揺する。
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