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揺すられながら、私は全身が凍っていくのを感じた。言葉が出てこない。自分の体中の皮膚がひび割れ、中の血液の圧力で破裂してしまうような気がした。
つまるところ、父は先生のことを疑っているのだ、自分たちに害をなす存在であると。
私はこの時、まだ父に自分がそうだとは言っていなかった。いつか言おうという計画は、これを期に、生涯するまいという誓いに変わった。
「……別に何もされなかったし、」
いや、されなかったことはないが、黙っておくことにした。
大丈夫、私は冷静だ。言っていいことと悪い事の区別がつく。まだ、自分自身に軽蔑と警戒を向けられたわけではないから。
「それに、父さんそれ、差別的なんじゃない。そんなこと言って恥ずかしいとか思わないの、」
「お前のことを心配してるんだ。」
リビングの扉が開く音がして、母が近づいてきた。ただならぬ雰囲気を察したらしい。
「なに、二人ともどうしたの。」
「イスカが、真木を夜中に連れ出したんだ、車で。」
「送ってくれただけだ。」
母は「はいはいストップ」と言って私たちを交互に見た。
「いいじゃないの、送ってくれたぐらい。何が問題なのよ」
「こんな夜中だぞ!」
大声に縮み上がる私とは対象的に、母は顔色一つかえず、腕を組んで仁王立ちしていた。彼女もまた父と同じく、このあたりで名を馳せた不良娘であった。
「つぐみはなんにも思わないのかよ、大人が子供を夜中に連れ出してんだぞ! もし真木に何かあったらどうすんだよ!」
「何かって何? 連れ回すって、送ってくれただけだしょ。イスカくんのことはあたしも灯夜もよく知ってるじゃない。何疑ってんの?」
父母の言い争いは止まらない。二人はほぼ同時に私の方を振り返り、〈真木は部屋に行ってなさい!〉と言った。第二ラウンドを繰り広げんとする二人の背中が、リビングに消えていく。
私は部屋に戻るふりをして、そっと家を出た。
それが最適解だと思った。
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