一.

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  一.

 里を覆い尽くしていた霧が、引いていく。  霧は嫌いだ。  記憶が根こそぎ奪われる。  それなのに、この里の連中はなんでもないような顔をする。  他所から来た俺の感覚がおかしいのか?  自分の肉体が削り取られるようなものだろう。  正気じゃない。 「やっぱり、死んでた。うちの婆さん」  校舎の影でふぅっと煙を吐きながら、イスカが呟いた。  秋も終わりかけの小河は、晴れた昼間でも学生服だけでは寒かった。  俺は流行りの短ランだったので余計に冷える。その点、何も手を入れずに着ているイスカは、腰回りが幾分あたたかそうだった。俺は半分になった煙草を少しだけ吸って、上に向かって煙を吐いた。  二人分の煙草の煙が、校舎の壁を伝って秋晴れの空へ消えゆく。  珍しくイスカに呼び出されたと思ったら、そうだったのか。  霧があけてすぐ、彼が真っ青な顔で祖母を探していたが、  すでに亡くなっていたのだ。  イスカは、いつも通り柔和な、それでいてどこか能面のような顔で続けた。 「霧の時期の最初の方だったらしい。書類と、俺の日記にもちゃんと残ってた。遺体が傷むといけないから、火葬は済ませてあった。ちゃんとした葬儀は霧が明けてからやるってことになってたみたい。だから、目が覚めたら婆ちゃんがいなかったんだな」 「そっか。お前、婆ちゃんと二人暮らしだったよな? 誰がやんの、そういう手続き」 「まあ、俺かな。」  その時ようやく、イスカは人間らしい悲しみの表情を浮かべたように見えた。 「だから、しばらくはここに来ないかもしれない。授業を休むって担任には言っておいたけど、一応、灯夜にも言っておこうと思って。」 「気にするなよ。なんかあったら、俺らで手伝うから。手伝えることがあるのか分かんねーけど」 「ありがとう、」  イスカは力なく笑った。  それからもう一度、ふぅ、とタバコの煙を正面へ細く吐いた。
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