一.

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 わけがわからないが、不思議と嫌な気分ではなかった。  イスカが俺を信頼していることは肌でわかる。  だから今日こうして〈二人で会えないか〉と言われたときも、何ら違和感を持たなかった。身内の死という最もデリケートな話題を俺に話してくれたのも嬉しかった。  おーい、お前らー。ヤニの匂いを嗅ぎつけた教員が、三階の窓から怒鳴り声を上げる。  俺は手で〈くたばれ〉のハンドサインを送ると、迎え撃つ準備に取り掛かった。こういうときも、イスカだけは悠長だった。成績は悪くはないから、捕まっても教員側が目をつむるのだろう。 「灯夜、」  後ろからイスカの声がした。 「あん?」 「……なんでもない。」  俺が先に校舎に入る。イスカはまだ、元の場所にいた。  階段を登りながら、唯一の肉親をなくす、というのはどういう気持なんだろうかと考えた。俺にはまるで想像ができなかった。ただわかるのは、イスカはまだ十六になったばかりで、大人びているとはいえ所詮は俺と同じ子供(ガキ)だということだった。  唯一の家族を、霧の間に亡くす――どんなふうに死んだか、何かを言い残したのか、言い残す余裕すらなかったのか、その一切の記憶は消え、ただ火葬の手続きに使った書類やら日記やら骨壷が、〈死んだ〉という記録としてそこに残っている。  どんなに心細いだろう。  イスカの気持ちを思うと、自分の胸も締め付けられような思いがした。  締め付けられながら、俺は階段の踊り場で仁王立ちする教員を見た。
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