一.

4/9
前へ
/61ページ
次へ
 イスカは宣言通り、度々学校を休んだ。  イスカのいない校舎裏で仲間とつるんでいると、どこかに忘れ物でもしてきたかのように落ち着かなかった。  べつにあいつはお喋りではなかったし、いてもいなくても変わらないぐらいの存在感だったのだが――どうも調子が狂う。  その日、俺は仲間たちに「先に帰る」と言って一人で学校を抜け出した。  原付きを走らせた先は、イスカの家だった。  同情。  淋しいやつは、どうしても放っておけなかった。  家の戸を叩くと、イスカが出てきた。その顔は十六には見えないほど憔悴しきっていた。引き戸を持つ手が弱々しい。 「だいぶ疲れてんな。無理すんなよ。ほれ、これやるよ」  道中で買った缶ジュースを一本手渡してやる。 「……気を遣わせて悪いね、」 「いいって。今日も手続き?」  式台の上に腰掛けると、イスカが家に上がるかと尋ねてきた。別に長話する気はなかったのでそのままでいいと答えたが、お茶を持ってくるから上がってくれと言って奥に下がってしまった。  イスカの家に上がるのは初めてだった。  小ぢんまりした家ではあるが、通された客間の座卓は深い赤色の木製で存在感があった。物の善し悪しは俺には分からないが、きっと高いものに違いない。床の間の掛け軸だって、字なのか絵なのかさっぱり分からないが、偉い人の書いたものなんだろう。その下にあるガラスケース入りの日本人形もきっと……いやこればかりはちょっと怖かった。  イスカの実家は昔はこの地方でそこそこに力のあった家らしい。薬売りか何かで大成したとかで、医者に治せない病がイスカの祖母の薬で治った、みたいな話も聞いたことがあった。ただ、戦争のさなかに跡目争いが勃発して体力をなくし、すっかり没落したようだ。あくまで噂話だが、真偽のどちらかでいえばきっと真だろう、と家を見ながら俺は思った。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加