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しばらくして、イスカが白磁の煎茶碗に茶を入れて戻ってきた。蛍手の透かしが入っていて、そこだけ緑に光っている。
「なんか花みたいな匂いがするな、これ。何茶?」
「台湾茶。香料抜きでも、クチナシみたいな香りがする品種もあるんだ。……ごめん、灯夜、苦手だった?」
「ん、多分いける。」
台湾ってどこだっけ、などと考えながら一口飲む。香水を飲んでいる気分だったが、茶そのものはほんのりと甘く、思ったよりは気にはならない。
イスカが俺のそばに腰掛ける。
「んで、どうよ、イスカ。大変?」
「まあ、そこそこ。でも、もうすぐ一段落しそうだ。」
「そうなのか。」
「婆ちゃん、俺が知らないうちに、俺の口座に財産を入れてくれてたんだ。……俺がちゃんと、大学行けるようにしてくれてた。親戚とは揉めなくても済みそうだ」
「ふうん。……金で揉めんのはしんどいもんなぁ」
「多少、ね。まぁ、良い結果になりそうだよ」
言葉の割に、イスカは嬉しいという顔をしていなかった。
想像はしていたが、随分気落ちしているようだ。
何か、彼を励ます言葉はないか。
「そうだ、きっと会えるって。来年。」
「え?」
「霧の時期に死んだやつが出てくるんだろ。なら、婆ちゃんだって出てくるって。絶対、」
イスカはそこで今日初めて、表情を溶かしてほんのりと笑顔を見せた。
「……そうかもしれないね。」
霧のことは嫌いだが、イスカが元気をだしてくれるならいくらでも話題に出してやろう。
「まぁ俺、見たことないけどな、死んだやつ。魚子、だっけか? 一応あの時期は日記つけてんだけど、読み返してもそれっぽいの全然なし。どういう感じで会うんだろうなぁ。なぁ、イスカは会ったことあんの?」
「俺もないと思うよ。これといって死んだ知り合いがいないし、知らない人間が魚子になったって、わかんないしな。」
「だよなぁ〜。どういう感じなのかね。生きてたときのまんまなのかね。それとも、取り憑いたりすんのかな」
「取り憑く……?」
イスカが怪訝そうに俺を見た。
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