疑心

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 民俗学を専門にしているという明道なるこの男は、真木の大学の同期生だった。  らしい、というのは、顔を合わせたのは今日が初めてで、同期生であることを知ったのもほんの一週間前、昼休み中に急に寄越されたアポ取りの電話を受けたその時で、正直なところ真木にとって他人に等しかった。名前だって聞いたこともなかったし、話を聞けば、同じ年に入学しただけで、学部もキャンパスもまるで違っていた。  明道は電話口で一方的に喋り続け、気づいた時にはもう約束が取り付けられていた。  マルチ商法とか、宗教の勧誘だったらどうするんだ?  というか、ほんとうにこいつは来るのだろうか?  半信半疑で約束の店の扉を開けると、明道は真木よりも先に喫茶店に来て、確かに真木のことを待っていた。ケーキを食べながら。  そして妙なことに、今日この喫茶店で初めて顔を合わせたはずの明道は、真木が店に入ったその瞬間、こちらを見て手を振ったのだ。まるで、二人が。 「それに、あなたも先生ですしねぇ。小学校にお勤めなんでしょう? 素敵、」 「あの、」 「なんです、真木くん。」  早速の名前呼びに真木は少したじろいだ。と同時に、確かにその声で、かつて名前を呼ばれたことがある気がした。 「先せ……いや、明道さ……くんは、」 「あはは、やっぱり慣れませんか。いいですよ、好きなように呼んでください」 「その、先生は、ひょっとして前に一度私と会ったことがありますか?」  コーヒーのおかわりを持ってきた若い女が、不思議そうに私達の会話を聞いている。 「いいえ。これが初めてですよ。どうして?」 「……、」  はずれだった。女は去り、明道は笑った。 「ま、そういうこともありますよ。記憶っていうのは実に複雑で、しかもいい加減ですから。覚えたことは思い出せないし、見たこともないものを見たと思ってしまうものです。交通事故の記憶の実験って知ってます?」 「交通事故?」
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