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先生は歳こそ三十代後半に差し掛かっているものの、運動部の顧問だけあって身体の均整が取れている。それでいて穏やかで物腰の柔らかい雰囲気は女子生徒たちのあこがれの的でもあり、他方、教員や男子生徒たちの噂の種でもあった。
――あんなにいい物件なのに、この年で独身なんて。よほど性格に問題があるか、同性愛者なんじゃないの。
どちらも軽蔑の意をもって囁かれていた。
私は後者に属していた。勿論誰にも言わない。言えばそのように軽蔑されるとわかっている。
だが、先生になら言えるかもしれないと思っていた。先生もまた、そうであるような気がしたからだ。
私にとって都合のよい解釈をしているだけなのかもしれない。ただ今はそれを信じるほかなかった。
先生は立ち上がると、開いたままの窓によりかかりながら、ポケットから煙草を取り出して咥えた。
「失敬、」
ジュ、という音ともに、燃料と煙の匂いが漂い始めた。
闇夜にライターの灯がゆれる。
「先生、まだタバコやめないの?」
「もうすぐやめるさ、」
「本当に? 先生、いつもそう言ってばっか。早くしないと校内禁煙になるよ」
そうかな、と言うと、先生は窓の外へ細く煙を吐いた。先生の横顔を支える首に、何かを巻き付けた痕のような、赤い線があった。
「……今年もまた、霧が出たね。」
それから私の方を見て、ふっと笑った。その顔が、私の胸の底を焦げ付かせる。
「真木くんはいつも、霧が出るとすぐに私のところに来る。」
「そりゃね。」
なぜ? と聞かれたが、私には明確な理由はなかった。先生に会いたいからだ。特に、霧が出ると無性に先生に会いたくなる。なぜ?
理由があるとすれば――私も先生の目を見返した。この目にすべての答えが書いてある。だから私はすぐに先生から目をそらした。知られてしまうのが怖かった。
先生はまた煙を外に吐いて、半分になった煙草を携帯灰皿にしまった。
「いいさ。教え子がこうして懐いてくれるのは嬉しいよ。お茶、飲むかい、」
「今日は何があるの、」
「アールグレイ、茉莉花、白桃、キャラメル。真木くんの好きな茘枝なら、今丁度温まっているよ」
机を見ると、三角フラスコに入った紅茶がアルコールランプで温められていた。それで甘い匂いが部屋に充満していたのだ。
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