夏の終わり

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「じゃあまた明日、学校で」 「じゃあね」    来るとは言葉にしなかったけれど、夏休み最後の日に笑顔でバイバイと手を振って別れた。  それなのに――。  次の日の朝、君は学校に現れなかった。始業式でも転校生の話が出てくることはなく、HRが終わってすぐ担任の先生ところへ走って向かった。 「先生、転校生が来る予定ってないの?」 「そんな予定はない。どうしてだ?」 「いやっ、別に……」 「そうか……」    何となく嫌な予感がして、僕は朧気に聞いていた君が引っ越してきたというお母さんの実家へと走る。  そこは街から少しだけ外れた場所にある民家だった。 ――トントン、トントン――  玄関のドアを何度か叩いたところで、ドアがゆっくりと開いた。  中から出てきたのは、40代前半の髪の長い華奢な女性だった。その顔つきから間違いなく幸佑くんのお母さんだということがわかる。 「あの、幸佑くんは……?」 「えっ? な、んで……?」 「あの……」 「どうして……幸佑のことを知ってるの?」  僕が幸佑くんのことを訊ねると、君のお母さんとその奥にいたお婆さんも驚いた表情でこっちを見ている。  まるで狐につままれたような顔だ。 「昨日まで一緒に遊んでたんです。今日、学校で会おうって約束してたから」 「そんな……だって、あの子は……」 「幸佑くんは? どこにいますか?」  僕が昨日まで彼と一緒だったと告げると、目の前のお母さんは信じられないと言うように目に涙を浮かべている。 「とにかく、上がってもらいなさい」 「わかった。じゃあ、あの、どうぞ」 「すみません。失礼します」  お婆さんの声に頷くと、僕に中へ入るように伝えられ、静かに靴を脱ぎ部屋の中へとお邪魔する。 「こっちへどうぞ」 「はい」  言われるままお婆さんの方へと歩みより、開かれた襖の奥の部屋にあったのは、神棚に飾られてある彼の写真だった。  夏休み最後の日に見たあの笑顔がそこにある。 「あの子はね、ここへ来た日に海の中へ身を投げたの」 「そんな……」 「だから、あなたと知り合うなんてこと無理なのに……」 「でも、僕は……」 「これがあの子からの最後の言葉だった……」  そう言って一枚の二つ折りにした紙を、震える手で僕へと差し出してくる。  そっと紙を開くと、『今までありがとう』という一行だけの文面が書かれていた。 「少し散歩してくるね」  玄関から差し込む太陽の光が眩しくて顔がはっきりと見えなかったらしい。  散歩へ行くと残したまま、彼は帰ってこなかったとお母さんは言った。 「僕、幸佑くんと友達になったんです。もっともっと仲良くなって、幸佑くんのことたくさん知りたかった」 「友達に……あの子の……友達……」 「たくさん笑ってくれました。一緒にあの杉大樹にも行きました。そこで僕は、約束したんです。ずっと一緒にいるからって。だから、きっと幸佑くんは大丈夫です」 「一人で苦しかったはずなのに……。幸佑は、ちゃんと笑ってたんですね……」 「はい」 「幸佑と友達になってくれて、ありがとう」  お母さんが、夏休み最後の日の別れる時に見せてくれた君そっくりの笑顔を見せてくれた。  まるで君がそこにいるみたいに――。    僕が出会った澤部幸佑くんは、最後に何か伝えようとしていたのかもしれない。  それに応えられたかどうかはわからないけれど、僕はきっとこの夏の終わりに起こった不思議な出会いを忘れることはないだろう。  夏の暑い日にひんやりとしたあの冷たい手の感覚も、少し遠慮がちに笑うあの笑顔も、最後に握りしめたあの手の感触も、ずっと覚えているよ。 Fin.
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